近年、巷では「スキマバイト」なるものが話題を集めています。スキマバイトとはスマートフォンのアプリを介してマッチングされた求職者と企業が、単発かつ短時間の雇用契約を結ぶ働き方のこと。スマホさえあれば履歴書の提出も面接も必要なく、好きな時間に働きたいだけの仕事を探して収入を得られることから、若者たちの間で急速に拡大しました。
従来、こうした短期や単発で完結するスタイルの労働は「スポットワーク」と呼ばれており、スキマバイトもその一種です。両者はほぼ同じ意味合いで使われることが多いのですが、スポットワークは雇用契約を結ばない「ギグワーク」など、アルバイト以外の仕事も含む点で違いがあります。スポットワークの仲介事業者でつくる一般社団法人「スポットワーク協会」(正会員8社)によると、2019年末に累計330万人だった主要加盟企業の利用者数は、24年末時点では延べ2900万人(複数アプリの重複利用も含む)に上っています。
今から12年前、私は「学生であることを尊重しないアルバイト」のことを「ブラックバイト」と名づけ、社会問題として提起しました。当時一番の問題は、正規雇用労働の「補助」役として低賃金で雇ったアルバイトを雇用主がいいように利用し、責任の重い「基幹」労働まで担わせていたことでした。空き時間で手軽に働けるのを売りとしたスキマバイトも、雇用主にとっては必要な時に必要なだけの基幹労働力を獲得し、人件費削減を極限まで進めることができるシステムです。そのためスキマバイトの労働者(ワーカー)の中にも、理不尽な環境に置かれている人がいるようです。
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24年12月、労働組合の全国中央組織である「日本労働組合総連合会(連合)」が、15歳以上のスポットワーク経験者1000人を対象にインターネットで「スポットワークに関する調査2025」を実施。その結果を見ると、「仕事内容が求人情報と違った」「業務に関して十分な指示や教育がなかった」「一方的にスポットワークサービスの利用を停止・制限された」など、トラブルを報告した人の割合が46.8%にも達していました。
同時期に始まった『東京新聞』の連載企画「スキマバイトの隙間」でも、トラブルに遭遇した若者たちが登場します。25年1月9日に掲載された「スキマバイトで『カイジの世界』を見た高校生からのメール 仮眠は土足の床、『左手輪ゴムの人』と呼ばれ…」と題する記事では、10代男子高校生によるスキマバイトの体験談が紹介されました。
彼が応募したのはスキマバイトアプリでたまたま見つけた、東京都が主催する自転車イベントの会場設営を行う単発アルバイトの募集でした。東京・新宿区にあるW社が仲介し、労働条件は就業時間がイベント前日の23時30分~翌日正午の12時間30分で、うち休憩が4時間、時給は1165円。集合場所は就業場所から近いゆりかもめ東京国際クルーズターミナル駅付近の屋外スペースとのことでした。
事前のスケジュールでは、始業後まもなくの午前0時~4時は休憩時間とされ、ターミナル施設内で仮眠できるはずでした。しかし、屋外の集合場所に集まった100人以上の点呼にW社が手間取った関係で、仮眠休憩に入れたのは午前2時頃。それまで全員が寒空の下で待機させられました。
さらに休憩が明けて現場に着くと、「現場ではC社スタッフを名乗るように」と求められたそうです。作業指揮をとったのもC社の人で、雇用契約を結んだW社からは何の指示もありませんでした。これは書類上はW社の請負契約としているものの、実態はC社への労働者派遣である「偽装請負」(違法行為)が疑われる事例です。
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25年2月25日の同連載記事「スキマバイトが承認欲求を『ハックする』 困窮者との親和性 東京を半年『漂流』した26歳男性が語ったこと」では、北海道から上京した男性の話が紹介されています。上京したものの新型コロナ禍で仕事が見つからず、生活苦に陥った末にスキマバイトアプリで単発バイトに応募。なぜならスキマバイトの求人は日払い制が多く、ほとんどの場合は就労直後に給与が支給されるからで、その日の食事代にも困っているような人には〈すごくいい〉などと男性は述べています。
別の単発バイトに応募した際には、雇用主から翌日以降も働いてもらえないかと求められました。これを業界では「引き抜き」と言います。しかし彼は、長期的な信頼関係を築きたくないとの理由で申し出を断ったそうです。記事によれば〈そもそも何もかも投げ出していて、社会復帰なんて考えられなかった〉とのことでした。
これらの事例から、この業態の構造が見えてきました。スキマバイトが急速に拡大した背景には人手不足に悩む企業側のニーズに加え、働く側のニーズも存在していることが分かります。スマホにアプリをダウンロードするだけですぐに登録でき、希望に沿った条件の仕事を見つけて働くことができる手軽さが多くの人々ーー特に今の若者に合っているのでしょう。
また、単発で短時間という「その場限り」の働き方が、人間関係のわずらわしさが苦手な人から歓迎されているという面もあります。ブラック企業やブラックバイトなど、過酷な労働現場の多くは職場における強固な支配を特徴としており、人間関係がこじれて精神疾患を発症するなど、心身を痛めつけられる事例も数多く存在します。そうしたことからも、「その場限り」の働き方を求める若者は少なくないと思われます。
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このように企業側だけでなく、働く側のニーズにも応えることで一見Win-Winな感じにも思えるスキマバイトですが、そこには重大な問題もあります。『東京新聞』の記事にあった自転車イベント会場設営のスキマバイトで、真冬の深夜に長時間の屋外待機を強制するなどは労働安全衛生法違反、労働条件通知書にある休憩時間の短縮は労働基準法違反、雇用契約にない企業のスタッフとして働かせた点でも雇用側に脱法行為の可能性があります。
未成熟な若者にこうした労働体験を味わわせることは、働くことへの熱意を削いだり、経済的・社会的自立を妨げたりする危険性があります。実際、スキマバイトに応募するまで〈イベントを企画する仕事に就きたい〉と思っていたというこの高校生は、今回のことがあって大規模イベントには〈もう関わりたくない〉と答えています。
新型コロナで上京後の計画が狂い、スキマバイトで生活をつないでいる男性は、職場で長期的な人間関係を構築することを拒んでいます。単発の仕事は確かに人間関係のわずらわしさがありませんが、一方で例えば自分の働き方や雇用のあり方に疑問があっても、誰かに相談する機会を得にくい。そうして労働者が孤立すれば、労働者同士がつながって労働条件を改善することも困難となるでしょう。またスキマバイトのような「細切れ」労働は、若年期における職業能力の蓄積や職業的アイデンティティの確立を妨げ、結果的に若者の経済的・社会的自立の抑制にもつながりかねません。
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