2024年11月24日、中学校の授業で学んだ英語で「どのくらい話せるようになったか」を測る学力測定「中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)」が、今年度も実施されました。受験生は東京都内の公立中学生で、うち3年生約7万人を対象としたものが「ESAT-J YEAR 3」と呼ばれます。このESAT-J YEAR 3の成績は、 2025年度の都立高入試に活用されることになっています。
大手教育産業と組んで実施されるESAT-Jを、入試活用することに開始当初から反対してきた「英語スピーキングテストを入試に活用させないための議員連盟(英語スピーキングテスト議連)」や「入試改革を考える会」ら4団体は、受験した中学3年生やその保護者、教員、試験監督などを対象にインターネットによる「#ESATJ実施状況調査2024」を実施。24年11月時点での回答総数は186件でした。
その調査結果を見ると、注目されるのは「ヘッドセット(著者注 : マイク付へッドフォン)、タブレットなど機器について困ったことはありましたか」という質問に対して、「困ったことがあった」という回答が55件(32.7%)あったことです。そうしてアンケート回答を具体的に読むと、今回、特に問題となったのは試験のガイダンスや解答の録音用に配布されたタブレット機器の不具合でした。以下は受験生からの回答の一部です(抜粋)。
「タブレットの不調が多すぎる」
「10台ほどタブレットが正常に動かず、10人の生徒は待たされてそのまま試験開始された」
「いちばん疑問に思うのは、故障したタブレットがかなり多いこと。まるで動作確認をしていないかのようだ」
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他にも同様の回答が多数ありました。約7万人もの受験生がいる大規模試験ですから、試験に用いる機材の不具合が一定数出ることは止むを得ないと思われます。しかしひと教室の受験生約30名のところで、10台ものタブレット機器が正常に動かないというのは常軌を逸しています。事前の動作確認を怠ったのではないか、と疑われても仕方ないでしょう。
タブレット機器の故障によって、試験開始まで長時間待機させられたり、さらには別の日に再試験となったりした受験生も数多く発生した模様です。
「タブレットが不具合を起こし、前半組だったのにもかかわらず、周りがテストを実施している中待たされました。周りの人の解答が丸聞こえでした。私が別室へ移動させられたのは前半組のテストが終わってからだったのですが、15時30分まで自習と言われました。(中略)16時40分くらいまでただ待たされ、やっと来たと思いきや電話番号を聞き始めました。何も報告がない40分の間係員が何をしていたか全く理解できません。17時くらいになって係員に『長い時間待ってもらって申し訳ないのですが、本日のテストは中止とさせていただきます』と言われました。そして12月15日に再受験してくださいと言われました。受験生の大切な時間を無駄にされて非常に腹が立ちます」
この回答には驚かされました。この生徒は試験監督から十分な説明を受けることなく、不安で緊張した状態で長時間待たされたあげく、別の日に再試験を強いられることになったからです。受験生にとって、試験開始をこれだけ長い間待たされる不安と苦痛は、尋常ではなかったと思います。
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ヘッドセットやタブレット機器の不具合がもたらしたのは試験の遅れだけでなく、混乱した中で試験の公平・公正性が崩れてしまいかねない事態が発生することもありました。以下、同じく「#ESATJ実施状況調査」の受験生からの回答です。
「予定より1時間以上遅れて、正常に機械が作動した人のみ受験。その間、機械が作動しなかった人は、受験をしている人と同じ部屋で待機していました。ヘッドフォンもしていなかったので、受験中の生徒の解答が丸聞こえでした」
「業者の対応が遅すぎるせいでテストが始まったのが16時15分くらいだった。答えが丸聞こえだから不公平」
「タブレット等の不具合で、本来前半組として受験する生徒が、ヘッドホンを着けずに、他生徒が受験する声を聞いていた。その後、前半に受けられなかった前半組の生徒は、別室に連れていかれ、同じ試験を受けた」
ESAT-Jのような実技テストでは、不測の事態が起きて試験が続けられなくなった場合、他の受験生が解答を始める前に試験会場を出て別室で待機するよう試験監督が指示・誘導を行わなければいけないはずです。しかしこれらの回答を見ると、タブレット機器の不具合が起きた後も当人はヘッドセットを外したままその場に残され、他の受験生が解答する音声を聞ける状態にあったようです。このことが事実なら、試験としての公平性・公正性・客観性はなくなります。
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インターネット調査は回答者が「なりすまし」の可能性もありますから、その信頼度については慎重に判断する必要があります。ただし、ここでは複数人が同様の回答をしています。また、他の受験生が解答している最中に教室にいたかいなかったかというのは、本人以外からの聞き取りで客観的に把握することも可能です。今回のESAT-Jの成績を来年度の都立高入試に反映するなら、試験用機材に不具合が起きて待機させられた生徒が、他の受験生の解答を聞ける状態にあったかどうかを精査することは少なくとも必要でしょう。
こうした調査結果が出ているにもかかわらず、新聞報道によれば東京都教育委員会(都教委)の担当者は「実施状況については事業者と確認しており、生徒からの申し出を直接聞く態勢を整え、申し出があった場合にはこれまでも個別に対応してきた」(朝日新聞デジタル「都の中3スピーキングテスト『公平性疑問』 反対教授らが独自調査で」、24年12月4日)として、さらなる調査を行う考えはないとしています。本当にこのままでよいのでしょうか?
ESAT-J終了後、都教委は「終了時刻の約2時間の遅延が一部の会場で発生したが、大きなトラブルは報告されていない」としています。小池百合子知事は12月6日の定例記者会見で「適切に実施されている」という見解を示し、12月11日の都議会で坂本雅彦教育長も「試験は適切に実施された」と繰り返し発言し、都立高入試に「引き続き結果を活用する」という認識を示しました。
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都民団体が「#ESATJ実施状況調査2024」の調査結果を公表した後も、都は「試験は適切に実施されている」との発言を続けますが、同調査の回答内容を丁寧に読み、ESAT-J YEAR3を受験した生徒の保護者からの情報を合わせると、都立西高校会場では以下のような深刻な事態が発生していたこともわかりました。
12時30分に試験会場へ集合し、13時からの試験開始に向けて準備。しかしタブレット機器の電源を入れても所定の画面にならず、受験生は30分ほどその場で待機後、別室へ移動するように指示されました。口々に試験がいつ始まるのか試験監督に聞いても、「わからない」と回答されるのみでした。そのうち気分が悪くなる生徒も出ました。待機用の教室のドアは、最初は鍵がかけられていませんでしたが、途中で内側から施錠されました。