教員というのはついつい、自分の知識や感覚を前提として講義を進めてしまう傾向があります。それに対して、コメントペーパーを読み上げて応答するDJ方式は、私と学生とのギャップを埋めることに役立ちました。神奈川で生まれ、東京で育った私は、それまで首都圏以外の地域で生活をした経験がありません。松山大学の学生がコメントペーパーに書く内容は、私が地方というものを知る貴重な機会にもなりました。教員と学生の間には、専門知識の量だけでなく、世代、地域、ジェンダーなどさまざまなギャップがあります。DJ方式によって、そのギャップを深く認識し、講義内容を学生により身近で分かりやすいものへと修正していきました。以来、このやり方は私の講義にとって、「学生に助けてもらう」貴重なツールとなったのです。
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その後、私が講義で行ってきたDJ方式は、学生の「生きづらさ」を発見するきっかけへとつながっていきます。2010年頃、非常勤で教えていた愛媛大学(本部・愛媛県松山市)で「奨学金の返済が心配だ」という学生の意見から、出席している学生全員に奨学金について意見を求めました。そうしたところ出席している学生の半数以上が多額の奨学金を借りて苦しんでいることが分かり、以後、私は奨学金問題に取り組むことになりました。
また、松山大学から異動した中京大学(本部・愛知県名古屋市)では、「アルバイトのために試験勉強ができない」という一学生の意見から、私はすべての講義(学生数は全部合わせて500人ほど)で「コメントペーパーにアルバイトの実態についてできるだけ詳しく書いてください」と呼びかけました。すると、労働法違反を含む劣悪なアルバイトに関する事例が、300人以上の学生から集まりました。13年、私はこれらの事例から「学生であることを尊重しないアルバイト」を「ブラックバイト」と名づけ、社会問題として提起することになりました。
当初、私の講義を助けてくれるツールであったDJ方式は、次第に学生たちの「生きづらい」現実を捉え、「生きづらさ」について学生と「対話」する方法としても意味をもつようになりました。それは近年、貧困化や奨学金制度の機能不全、アルバイトの重労働化などで学生たちが学ぶ土台が揺らいでいる状況を、私自身が理解していくプロセスでもありました。
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「一定レベル以上の大学を卒業すれば、一定レベル以上の生活を送ることができる」ことがある程度予想できていた時代とは異なり、卒業後の生活の不安定さや、不透明さが急速に高まった今日、大学教育は「研究成果を分かりやすく伝える」とか「専門知識を身につけさせる」だけでは、学生のニーズを満たしたものにはならないと思います。現在の若者が抱えている困難への視点をもち、成長・社会化の過程で広く出現する「生きづらい」現実、それを反映した「生きづらさ」の感覚に向き合うことが求められています。
若者の貧困は経済的貧困であると同時に、「関係性の貧困」でもあります。一人ひとりが「生きづらさ」を抱えていても、それを外に表明し、他人と共有することが難しく、重度に孤立させられています。この「生きづらさ」と「孤立」が「若者の世界」に深々と浸透しています。
DJ方式で私が心がけていることがあります。私は講義でDJ風に学生の意見を読み上げる時、それを書いた学生の名前を出すことはありません。また、出された意見に異を唱えることはありますが、その際も頭から否定するようなことは絶対にしません。彼らが「孤立」し、自分たちの「生きづらさ」を表現することが難しい社会に生きている、ということを知っているからです。だからこそ、現実社会とは違う「自分の意見や存在が否定されない」場として、講義を作り上げることに意識的に注力しています。私の講義で「意見は匿名で取り上げられるので、他人の目を気にせず考えを表明できる」「どのような意見を出しても教員から絶対に否定されない」ことが伝わると、自分の意見を正直に書く学生が増えてきます。これが学生たちの「生きづらさ」を知るきっかけとなりました。
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とはいっても講義では、学生の「生きづらさ」を解決することはできません。ただし、すべての学生を等しく肯定する姿勢で臨み、解決に向けて学生とともに「考える」講義をすることはできます。武蔵大学のある学生が「大学に入って初めて『学生の味方』の先生に出会いました」とコメントペーパーに書いてくれたことと、私の授業評価はおそらく関係していると思います。学生たちの「生きづらさ」や「孤立」に向かい合い、ともに考える姿勢の講義が、幅広い共感を得られたのではないでしょうか。
大学教員になって26年間、読んできたコメントペーパーの枚数は、毎週500枚とすると年間で1万5000枚、26年では39万枚となります。膨大な数の学生からの質問・意見を読み、応答してきた講義スタイルが、今日まで私と学生との関係性を作ってきました。そうして27年目に突入し、DJ方式による学生たちとの新たな対話が、今から楽しみでなりません。