2025年2月28日、全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)が24年秋に実施した第60回「学生生活実態調査」の結果が発表されました。この調査は全国大学生協連に加盟する多数の高等教育機関の学生を対象に1963年からほぼ毎年実施され、収入と支出、奨学金やアルバイトの状況、登校日数、学生生活充実度、勉強時間など、学生たちの経済や意識、行動を幅広くリサーチ。学生生活の長期的なトレンドを知るうえで有益な内容も数多く含まれています。
今回の調査結果で最も私の目を引いたのは、保護者(主に親)から下宿生への仕送り額の推移です。今から約30年前の95年調査では下宿生への仕送り月額は「10万円以上」が全体の62.4%を占め、「5~10万円未満」や「5万円未満(0円を含む)」の比率を大きく上回っていました。しかし2010年には、仕送り月額「10万円以上」の割合が31.7%まで低下。以後もゆるやかに下降傾向は続き、24年の最新調査では27.2%でした。
一方で毎月の仕送り額が「5万円未満(0円を含む)」の割合は、1995年には全体の7.3%でしたが、2024年には23.0%まで大きく上昇しました。このことは学生への仕送り額の減少が一時的なものではなく、長期的かつ構造的であることを示しています。
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学生にとって経済的支援ともいえる仕送り額の減少は、学生生活のあり方を根本から変化させました。1995年の時点では、学費や下宿先での生活費の多くを親などに出してもらって通学する学生が多数派を占めていました。それに対して現在の学生生活は全く違います。地域による差はあるものの、月に5万円未満の仕送りだけで家賃や食費、光熱費をまかなうのは容易ではないでしょう。
このことは、今の学生の多くは親などからの経済的支援のみでは、学生生活を送るのがほぼ不可能になったことを意味します。足りないぶんの生活費は、奨学金やアルバイトによって自力で補う必要性が生じました。
この変化は大学などに通う若者にとって、アルバイトと奨学金の意味を大きく変えることにつながりました。学費と生活費の大部分が経済的支援によってまかなわれていた時代の学生アルバイトは、彼ら自身が「自由に使えるお金」を稼ぐ目的で行われることが多かったといえます。アルバイトは趣味や旅行、サークル活動にかかる費用の捻出など、学生自身の行動範囲を拡大し、好きなことを実現するための手段として積極的な意味をもっていました。
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しかし、そんな時代もつかの間。毎月の仕送りにすがれなくなった現代の学生たちにとって、アルバイトは「学生生活に必要なお金」を稼ぐものへと変貌しました。自分の好きなことを実現するためというよりも、学生生活を続けるうえで必要不可欠な手段です。雇用主の側もその変化を巧みにキャッチし、安価に使える労働力として、バイト代で社員並みの「責任の重い」仕事をやらせるようになりました。こうした「学生を尊重しないアルバイト」を2013年に私は「ブラックバイト」と名づけ、社会問題として提起する要因の一つとなりました。
奨学金についても同様です。日本学生支援機構(JASSO)の前身である日本育英会では1983年までは有利子貸与型奨学金が存在せず、すべて無利子貸与の奨学金でした。有利子貸与が導入されてからも、90年代後半までは無利子貸与が大きな割合を占めていました。とはいえ就職が全体として好調だった70~80年代の学生は、奨学金を借りるにあたって現在ほど返済のプレッシャーを感じることは少なかったと予想されます。98年までは大学卒業後に小・中・高校などの教員になれば奨学金返済を免除する制度も存在し、それを見越して貸与型奨学金を利用できた学生が一定数存在していました。
90年代末以降、有利子貸与型奨学金の急増によって、貸与型奨学金の中心は無利子から有利子へと移行しました。借りた額以上の金を返済しなければならない奨学金の広がりは、社会人となった後の若者に大きな負担となりました。このことが2010年代に入り、奨学金返済の困難が大きな社会問題となる状況を生み出しました。
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かくして経済的支援を失った学生にとっては、アルバイトと奨学金こそが学生生活を支える「2本柱」として重要性を増しました。そして10年代以降、両者とも大きな社会問題となったのです。
冒頭でご紹介した24年の「学生生活実態調査」を見ると、アルバイトと奨学金のあり方が10年代とは明確に変化していることが分かります。例えば12年の同調査の結果では、奨学金利用率は自宅生が29.5%、下宿生が43.6%、全体で37.2%に達していました。それが24年になると、自宅生が24.8%(↓4.7)、下宿生が31.2%(↓12.4)、全体で28.6%(↓8.6)と低下しています。特に下宿生の利用率低下が顕著です。
この奨学金利用率の低下は、どうして起きたのでしょうか? 10年代から24年にかけて、奨学金が不要になるぐらい学生の生活が楽になったというデータはありません。すでに述べたように、親などからの仕送り額の減少傾向は続いていますし、「学生生活実態調査」のデータを見ると、自宅生は親などからもらう小遣い額も同様に減少しています。経済的支援が減っているにもかかわらず奨学金利用率も低下したのは、「卒業後の借金になるから」との理由で貸与型奨学金を忌避する傾向が強まったからだと思います。
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17年に日本学生支援機構の給付型奨学金が導入された後、その利用率は19年に3.4%、24年には7.3%へと順調に上昇しています(「学生生活実態調査」による)。減少しているのは、卒業後に返済が必要な貸与型奨学金の利用です。
10年代以降、奨学金制度の改善を訴える運動は、制度が抱える問題点を洗い出す方向へと広がりました。そしてそのことは、奨学金返済による若者の貧困化という社会問題を世の中に広く知らしめることにつながりました。卒業後に返済に苦しむ事例が数多く紹介されたことも、多くの学生と保護者に警戒心を抱かせたのでしょう。
また、奨学金の返済が卒業後の生活に与える影響が、より大きくなったという点にも注目する必要があります。労働者福祉中央協議会(中央労福協)では15年以降、奨学金返済が若者の「結婚」「出産」「子育て」などにどのような影響を与えているか(=妨げになっているか)、継続的なアンケート調査を行っています。
その調査結果によれば、奨学金返済が「結婚」に影響を与えているとの回答は15年の34.2%から24年は44.3%へ、同じく「出産」に影響を与えているとの回答は22.9%から38.2%へ、「子育て」に影響を与えているとの回答は26.4%から37.0%へと、それぞれ10ポイント以上増加しています(24年6月調査「高等教育費や奨学金負担に関するアンケート」)。この間、奨学金の平均借り入れ総額は300万~350万円の範囲で、それほど大きな変化はありません。このことからも多くの若者にとって貸与型奨学金はライフコースを制約する力を増しており、より重く意識されるようになったことを意味します。