どうしてそうなるのかといえば、保険給付費(改正直後は年間1880億円減)の削減分のうち、一番多くを占めるのは税金からの支出分(980億円)で、それが現役世代の保険料でまかなわれる支援金(720億円)を大きく上回っていたからです。「現役世代の負担軽減」ばかりが注目され、税金からの支出の削減には注目が集まりませんでした。若者・現役世代と高齢者の世代間対立に焦点を当てることで、税金からの支出削減が覆い隠され、結局は社会保障予算のカットが推し進められたのです。
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もう一つ深刻なのが、若者・現役世代と高齢者との世代間対立が煽られることによって、日本社会に深刻な危機が広がっていることです。
読者の皆さんもご存じのように今年に入って以降、「闇バイト」による凶悪犯罪が立て続けに起こっています。例えば10月、神奈川県横浜市の住宅に侵入し、75歳の住人に暴行を加えて殺害したうえ現金約20万円を奪った事件では、容疑者として逮捕されたのは22歳の若者でした。また11月には東京都三鷹市の2階建て住宅に侵入し、70代の住人の首を絞めて金品を奪おうとして20代の若者3人が強盗未遂と住居侵入の容疑で逮捕されました。
このように闇バイトを通じて犯行に関わるのは若者が多く、主に高齢者に狙いを定めた強盗や詐欺事件が起きていることが分かります。闇バイトについてはその裏にある複雑な社会背景を含め、慎重な考察を積み重ねる必要があり、短絡的な若者批判は避けなければいけません。しかしそのことを踏まえた上で、犯行に及んだ若者たちの乱暴で残酷な行為を見ると、そこには高齢者に対する「憎悪」の感情のようなものが顕れているとも感じます。
私が勤務する大学にも、「高齢者は自分たちより恵まれている」という感覚をもった学生は多数存在しています。奨学金などで学生のうちから多額の借金を抱えていたり、複雑な家庭環境に苦しんでいたりする若者が、一見裕福そうに見える高齢者にマイナスの感情をもつことは十分にあり得るでしょう。マスコミや有識者によって世代間対立が煽られることで、高齢者=裕福のイメージが若者の間に浸透し、不確かな思い込みのもとで闇バイトに吸い寄せられている危険性もあると思います。
そして若者・現役世代vs高齢者の世代間対立を煽る議論が、最も覆い隠しているのは、日本で急速に拡大している貧富の格差です。野村総合研究所の推計によれば、預貯金、株式、債券、投資信託、一時払い生命保険や年金保険など、世帯として保有する金融資産の合計額から不動産購入に伴う借入などの負債を差し引いた「純金融資産保有額」が5億円以上の「超富裕層」は05~21年にかけて5.2万世帯→9.0万世帯、1億円以上5億円未満の「富裕層」は81.3万世帯→139.5万世帯へと増加しています。
若者の貧困が大きな社会問題となり、また高齢者の貧困も深刻化しています。その一方で、超富裕層や富裕層は増加を続けています。「世代間対立」を煽る議論は、こうした貧富の格差を覆い隠す機能を果たしています。「格差と貧困」が深刻化する日本社会で強く求められるのは、若者・現役世代を優遇するか、高齢者を 優遇するかの泥仕合ではないはずです。まずは社会構造を見直して、貧富の格差を是正する議論から進めるべきだろうと私は考えます。
厚生労働省「令和4年度国民生活基礎調査」から推計した調査
阿部彩(2024)「相対的貧困率の動向(2022調査update)」JSPS22H05098, https://www.hinkonstat.net/