2024年10月27日、第50回衆議院議員総選挙が行われました。ご承知の通り自由民主党と公明党が大きく議席を減らし、与党の議席数が「過半数割れ」という結果となりました。それに対し野党は、立憲民主党が98議席から148議席へと50議席増、国民民主党は7議席から28議席へと21議席増、れいわ新選組は3議席から9議席へと6議席増となりました。特に国民民主党の議席は選挙前の4倍、れいわ新選組の議席は選挙前の3倍と、それぞれ大幅に増加したことが分かります。
今回の衆院選では、一部の国会議員が政治資金パーティーの収益を隠匿したとされる「裏金問題」が注目されましたが、それ以外に目立った政策としては「若者・現役世代支援」を挙げることができます。選挙前と後で最も大きく躍進した国民民主党(玉木雄一郎代表)は、「手取りを増やす」をキャチフレーズに掲げました。そうして給料・年金が上がる経済の実現を目指し、「減税」「社会保険料軽減」「生活の費引き下げ」で消費を拡大するとして、具体的には所得税が発生しない年収ラインを現行の103万円から物価上昇率から算出した178万円に引き上げ、11年の「子ども手当」創設時に廃止された「年少扶養控除」(16歳未満の子を扶養している場合に適用される控除)も復活させるとしています。
れいわ新選組(山本太郎代表)は、高校卒業までの子をもつ世帯に所得制限なしで子ども一人あたり月3万円を支給する手当の創設、子どもの医療費や保育料、給食費、学童保育利用料、大学院までの教育無償化、「奨学金徳政令」による学生ローン免除といった子ども・若者支援策を打ち出しました。
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これまで奨学金問題やブラックバイト問題など、若年層の貧困解決を強く訴えてきた私にとって、今回の衆院選で学生や子育て世代の生活にもスポットが当てられたことは嬉しいことです。若者・現役世代支援を強く訴えた政党が議席を増やしたことも、そうした政策が社会的支持を得られたことを示しています。
しかし一方で、若者・現役世代支援が注目される中にも、大きな問題があることを意識するようになりました。それは、これまで手厚いとされてきた高齢者支援をやり玉に挙げて「世代間対立」を煽るような政策論調の存在です。最近では、国民民主党の玉木代表が24年10月に日本記者クラブ主催の党首討論で発言した内容が話題となりました。
「社会保障の保険料を下げるためには、高齢者医療、特に終末期医療の見直しにも踏み込みました、尊厳死の法制化も含めて」「こういったことも含めて医療給付を抑えて若い人の社会保険料を抑えることが消費を活性化して次の好循環と賃金上昇を生み出す」
この玉木氏の「尊厳死」発言には、SNSなどで批判が殺到しました。玉木氏はX(旧Twitter)で「尊厳死の法制化は医療費削減のためにやるものではありません」「雑な説明になったことはお詫びします」と釈明しました。しかし国民民主党の政策パンフレットでは「現役世代・次世代の負担の適正化に向けた社会保障制度の確立」の中の一政策として、「法整備も含めた終末期医療の見直し」の項目内に「尊厳死の法制化」と明記されていることから、若者・現役世代の「社会保険料の引き下げ」と「尊厳死の法制化」はセットで考えられていると見るのが妥当でしょう。
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こうした若者・現役世代と高齢者との世代間対立を煽るような論調には、いくつか大きな問題があります。まず世代差のみで対立構造を作るため「若者・現役世代」と「高齢者」をそれぞれ一括りにし、その中での違いや多様性を隠してしまう点です。若者・現役世代とひと口にいっても、正規雇用か非正規雇用かによって所得をはじめとする処遇には大きな違いがありますし、性差等による違いも小さくありません。
高齢者についても同様です。このような議論では高齢者は一様に若者や現役世代より恵まれているというのを前提にすることがありますが、その認識は正しくありません。東京都立大学教授で社会政策学者の阿部彩氏が、厚生労働省「令和4年度国民生活基礎調査」から推計した調査では、65歳以上の貧困率は20歳未満や20~64歳を上回っていました。特に単独世帯の高齢女性の貧困率が44.1%と非常に高くなっています。
高齢者層の中にも困窮世帯が多く存在していることは明らかです。国民年金(老齢基礎年金)のみの受給者は、満額受給したとしても年額81万6000円(24年度)で、月あたり6万8000円にしかなりません。厚生年金も減額傾向にあることから、老後も働かざるを得ない人は年々増加しています。
総務省統計局の「労働力調査」のデータから、60歳以上の就業率を12年と22年で比べてみると、60~64歳は57.7%→73.0%、65~69歳は37.1%→50.8%、70~74歳は23.0%→33.5%とそれぞれ大幅に上昇しています。若者・現役世代vs高齢者の政策議論では「恵まれて余裕のある高齢者」としばしば言及されますが、そうした人々は急速に減少し、現在ではむしろ少数派となりつつあるのではないでしょうか。
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さらに「世代間対立」にのみ焦点が当たることで、それ以外の部分が見えなくなってしまうのも問題です。例えば、ここで最近猛威をふるっている「全世代型社会保障」という議論を見てみると、厚生労働省は「全世代型社会保障改革」についてホームページで次のように説明しています。
〈人生100年時代の到来を見据え、「自助・公助・共助」そして「絆」を軸に、お年寄りに加え、子供たち、子育て世代、さらには現役世代まで広く安心を支えていく全世代型社会保障の構築を目指します〉
これだけ読むと「全世代」を支える社会保障の構築のように思えますが、実際は違います。資料には「少子化対策」と「医療」が2本柱で掲げられ、「少子化対策を大きく前に進めます」とある一方で、「医療」の項には「令和4年から団塊の世代が75歳以上の高齢者に」「現役世代の負担上昇抑制が課題です」とも書かれているのです。つまり「少子化対策」と「高齢者医療費の抑制」がセットで提案され、若者・現役世代vs高齢者の対立図式がここにも織り込まれていることが分かります。
全世代型社会保障改革の名の下、22年10月から一定以上の所得がある75歳以上の高齢者は病院など医療機関の窓口負担割合が1割から2割に引き上げられ、政府は引き上げについて「現役世代の負担軽減」を理由に挙げました。厚生労働省の試算では、2割負担の対象となる75歳以上の場合、窓口での自己負担額は年間1人あたり平均で約8.3万円から約10.9万円へ2.6万円増とあります(厚生労働省「後期高齢者の窓口負担割合の在り方について」)。
しかし、それに対する現役世代の保険料の負担軽減は、主に現役世代の保険料でまかなう支援金(720億円)の削減によって1人あたり年間約700円減です。社会保険などの被用者保険に加入している場合、保険料は事業主と折半ですから年間約350円(1カ月あたり約30円)の負担軽減に過ぎません。
厚生労働省「令和4年度国民生活基礎調査」から推計した調査
阿部彩(2024)「相対的貧困率の動向(2022調査update)」JSPS22H05098, https://www.hinkonstat.net/