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奨学金の利用が減少するかたわら、10年代から24年にかけて学生のアルバイトは増加しています。1カ月の生活費に占めるアルバイトの額を見ると12年は自宅生が3万30円、下宿生が2万3100円でした。これが24年には自宅生が4万6060円、下宿生が3万7540円まで増えています。特に注目すべきはアルバイトで「月7万円以上」の収入がある学生で、その割合は自宅生は15年の11.9%から24年の19.8%、下宿生は15年の6.9%から24年の14.6%へと、それぞれ大幅に増加しています(「学生生活実態調査」による)。
月7万円の収入は、年間では84万円となります。近年では最低賃金の上昇もあって、年間100万円以上をアルバイトで稼ぐ学生も増えてきました。とうとう私のところにも、「自分のアルバイト収入が年103万円を超えると、親が扶養控除を受けられず増税となって困る」という学生からの相談が寄せられるようになりました。
この問題は24年の衆議院議員選挙にも大きな影響を与えました。同選挙では国民民主党が「年収103万円の壁引き上げ」を公約に掲げ、議席が4倍増と躍進しています。朝日新聞社が24年10月の投開票日に実施した出口調査によると、年代別の比例区投票先では国民民主党は若年層の支持率が高く、20代では26%と単独トップです。「年収103万円の壁引き上げ」の公約が、多くの大学生の支持を得ることとなりました。ここには近年の学生アルバイトの増加が強く影響しています。
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確かにアルバイト代で学費を支払っていたり、生活費の大半を稼がなければならなかったりなど「年収103万円の壁引き上げ」を切望する学生が一定数いるのは事実でしょう。しかし私は、「年収103万円の壁引き上げ」によって、これまで以上にアルバイトで学生生活を奪われることになる学生が増えるのではないかと心配です。今までだって、「アルバイトのために睡眠時間が取れず、授業中に寝てしまいます」「アルバイトがあるので授業の課題を終えることができません」「アルバイトがきつくて体調を崩しました」「アルバイト先の人間関係が過酷で、精神的不安定が続いています」など、過酷なアルバイトによって大学で学ぶことができなかったり、心身の不調を訴えたりする相談が多数ありました。
私は「年収103万円の壁引き上げ」が実現すれば、学生たちからのこうした相談が一層増えるのではないかと危惧します。すでに、「これまでは『103万円を超えると親の扶養を外れるから』と言ってバイトのシフトを断れたが、これからは断りにくくなるのではないか」と心配する学生が私の周囲に出てきています。
保護者からの経済的支援が減少する中、高い学費と貸与中心の奨学金制度が続き、そこに物価高が加わったことで、多くの学生が長時間のアルバイトを強いられています。若者にとってこれだけ厳しい状況を、根本的には改善することができなかった年長世代には、アルバイトを増やすために「年収103万円の壁引き上げ」を歓迎する学生を「最近の学生は勉強せずにアルバイトばかりしている」などと批判する資格はないでしょう。
かといって「年収103万円の壁引き上げ」は、アルバイトの過酷化と学生生活の破壊をもたらす危険性が大です。奨学金制度の改善と学費引き下げを目指す私は、「学生がアルバイトで年間103万円以上稼ぐことを、この社会はよしとするのですか?」と日本社会に問い続けていきたいと思います。