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奨学金制度の改善は、高等教育機関ごとの複雑な差異をそれほど意識することなく、要求することが可能です。そして制度を一つ改善すると、奨学金を利用するすべての高等教育機関の学生に、その成果が行き渡ることになります。奨学金制度の改善が活動の初期から比較的短期間で成果を挙げられたのは、返済苦が及ぼす問題が深刻だったことに加えて、制度の共通性が運動の分断を引き起こしにくかった点にも起因すると思います。
ただし奨学金制度に対する運動は、出身世帯の年収であれ、本人の成績であれ支援対象者を限定することになりますから普遍主義ではなく「選別主義」になってしまうという限界もあります。改善を進めても、全学生を一律に支援できるものではありません。そうした点には私も、当初から気づいてはいました。しかし、日本社会における高等教育費の「受益者負担論」の根強さや、高等教育機関ごとの複雑な差異を考えると、学費の引き下げという普遍主義に基づく要求を掲げることに、容易ならざるものを感じていたのです。
コロナ禍という緊急事態の中であれ、学生から「授業料の半額免除」という要求が出されたことは、そうした私の考えに重要な変化をもたらしました。容易ではないことを重々承知した上で、高等教育費負担軽減について選別主義の改善にとどまらず、普遍主義に基づく要求を行うことの重要性を再認識しました。
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そうして22年4月、労働者福祉中央協議会(中央労福協)から「教育費負担軽減へ向けての研究会」の主査となるよう依頼された私は、翌年 3月、「高等教育費の漸進的無償化と負担軽減へ向けての政策提言」を発表しました。ここでの7つの提言の第1は「大学・短大・専門学校の授業料を現在の半額とする」となっており、すべての学生を対象とする普遍主義に基づく政策が盛り込まれました。
当然ですが、この提言は高等教育と日本社会の構造変動を踏まえた研究会での慎重な議論をへて出されたものであり、学生の皆さんの要求から直接導き出されたものではありません。しかし、研究会での議論や提言をまとめる際に、20年に学生の皆さんから出された要求内容が意識されていたことは間違いありません。そしてこの提言を元に、24年5月からのオンライン署名「高等教育費や奨学金返済の負担軽減のため、公的負担の大幅拡充を求めます!」が始まったのです。
20年の学生の皆さんの運動と、現在進めているオンライン署名との関係が見えてきたことによって、25年5月8日の院内集会を学生とつくっていく上でのビジョンが明確化しました。そうして、稲葉剛さん(立教大学大学院客員教授)、隠岐さや香さん(東京大学大学院教授)、小澤浩明さん(東洋大学教授)、杉田真衣さん(東京都立大学准教授)、山田哲也さん(一橋大学大学院教授)とともに25年4月14日、「[緊急]2026年度学費負担軽減! 高等教育予算拡充を求める5・8院内集会 参加の呼びかけ」という文章を発表し、集会への参加を広く呼びかけました。
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5.8院内集会では、12名の学生と9名の大学教員によるスピーチがあり、文字通り学生と大学教員がともにつくる集会となりました。学生と大学教員、それぞれの立場から、現在の大学が置かれている苦境と、高等教育予算の拡充を求める切実な訴えが行われました。そうして会場参加約150名、オンライン参加を含めると参加者は430名を上回りました。国会議員の参加は28名で、院内集会としては大きな成功を収めたといえるでしょう。
集会の中で特に印象に残った早稲田大学学生の発言の一部を紹介します。
「要請書は〈本要請の実現のため、お力を貸していただきたく存じます。よろしくお願いいたします〉と締め括られています。しかし、そもそも私たちは何故お願いしなければならないのでしょうか。政府に要請するのであれば、まずは今まで何をやってきたか分かっているのか、何故今まで声を聞いてこなかったのか、ということから始めなければならない。『真摯に受け止める』とか『適切に対応していく』とか不毛な答弁を繰り返す横で、私たちは進学を断念し、アルバイト漬けになり、借金を背負わされています。それにもかかわらず、何故お願いしなければならないのでしょうか。本来なら『よろしくお願いいたします』なんてあり得ないのです」
「今まで何をやってきたか分かっているのか、何故今まで声を聞いてこなかったのか」という学生からの問いかけに、政府関係者は誠実に向き合うべきです。私もこの言葉を胸に刻んで、高等教育費負担軽減へ向けて取り組んでいきたいと考えています。