学費値上げに反対する学生たちの「声を上げる」行動自体を否定的に捉える風潮が強いのも、「学生運動」に対する偏見だけでなく、学生を客として捉える見方の浸透が根底にあると思います。客はサービスの「受け手」であって、声を上げる「権利主体」とは見なされていないのです。
こうした状況下ですが、24年以降の学費値上げ反対運動には別のところで成果があったように私には感じられました。
まず、この運動が学生同士を幅広くつなげることに成功したことです。学費値上げに加えて、近年の物価高騰によって貧困に苦しむ学生、アルバイトに追われる学生が増加しています。すでに述べたように、学生間の分断も進んでいます。貧困の深刻化やアルバイトの増加は、学生が活動するための時間的・心理的余裕を大きく奪っています。また分断の深刻化は、学生同士がつながって活動することを困難にさせます。そんな中で、今回の学費値上げ反対運動が、全国各地の学生たちをつなげることに成功しているのは極めて画期的です。
次に、この運動を契機として、学生たちが自ら声を上げる行為を継続させていることです。若者が声を上げるのを批判的に捉える風潮が強い日本社会では、学費値上げに対して「おかしい!」と思ったとしても、それを口にするのは容易なことではありません。声を上げることで、周囲からどのように見られるかを心配する学生も少なくないでしょう。特にSNSが発達した今日、不特定多数からの「攻撃」や「誹謗中傷」が行われることは、ほぼ避けられない状況です。しかし、そんな中でも現在までこの運動が継続し、声を上げる行為が続いているのはすごいことです。
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そしてこの運動で最も重要なのが、学生は「客」=「消費者」という捉え方を批判し、権利行使する「主体」として位置づけている点です。学費が高いことが当然視され、学費の問題を自己責任とする価値規範が再生産されている状況に対し、値上げに抵抗する姿をもって「自分だけの問題ではない」と気付かせることを、金澤さんらは意識的に実践してきました。この点もとても画期的です。「客」=「消費者」から権利行使する「主体」への転換は、「公共の私有化」を進めてきた新自由主義全体をも批判する射程をもっています。
24年以降の学費値上げ反対運動に関わってきた金澤さんの発表は、当事者である学生の視点から、学費問題の構造を多面的に分析する内容でした。また、それは同時に、現在の日本社会で学費値上げに物申すことの困難さを、とても説得力のある形で説明するものでもありました。
金澤さんはなぜ、このような説得力のある発表ができたのでしょうか? それは金澤さん自身が学費値上げ反対運動の中で、様々な困難に直面してきたからではないかと私は思います。学生たちのつながりを具体的に作ろうとすれば、「すでに生じている分断をどう乗り越えるか」という課題に直面することになります。社会に向かって声を上げる行為を実践すれば、そのことに否定的な社会風潮と対峙せざるを得ません。権利行使する「主体」として運動を進めるには、学生を「客」=「消費者」と捉える状況を批判し、改めさせることから始める必要があるのです。
そして学費値上げ反対運動を通して様々な困難に直面し、さらにそれらを明確にしてきた経験に支えられたからこそ運動をここまで広げ、継続することができたのではないかとも考えられます。実践を通して社会認識が深まり、より優れた実践が生み出される好循環が起きたことも要因の一つでしょう。
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優れた社会思想史研究者である酒井隆史さん(立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)は、26年2月21日にジュンク堂書店難波店(大阪市浪速区)で行われたトークイベントで、現代日本において多くの議論が「絶望生産装置」として作動している言説状況を批判されていました。例えば、社会運動を行うことの困難を客観的に説明する行為が、たとえ本人に悪意がなくても、実践のレベルでは絶望を生み出してしまうという隘路(あいろ)にはまっているというメカニズムを問題にされたのです。
金澤さんが取り組んできた活動は、実践を通して発見された「困難」が、それを乗り越えるための「課題」として捉え返され、次の実践へと生かされているという点で、酒井さんの指摘された絶望生産装置としての言説状況への有効な批判にもなっていると感じました。
金澤さんの今回の発表は、当事者視点からの学費問題の捉え方として、とても参考になる内容であったと同時に、現代日本の絶望生産装置としての言説状況を突破する可能性を示してくれた点でも、大きな希望を感じさせてくれるものでした。