【連載第0回「『若者のミカタ』の連載開始にあたって」もあわせてご覧ください】
2019年10月のニュース番組内での萩生田(はぎうだ)光一文部科学大臣の発言は大きな波紋を呼び、12月となって大学入試改革そのものを揺るがしつつあります。
10月24日に萩生田文科相が出演したBSフジの番組で、20年度に始まる大学入学共通テストで導入される英語民間試験(大学入試において民間の英語資格・検定試験を活用し、「読む・聞く・話す・書く」の英語4技能を評価するもの)の話題になった時のことです。司会者から「お金や地理的に恵まれた生徒が有利になるのではないか?」と質問されたのに対し、萩生田文科相は「それを言ったら『あいつ、予備校通っていてずるいよな』と言うのと同じ。裕福な家庭の子が回数を受けてウォーミングアップできるようなことはあるかもしれないが、そこは自分の身の丈に合わせて2回を選んで勝負してもらえれば」と答えたのです。
この萩生田文科相の発言に対しては、さまざまな反応がありました。私が10月25日に発信した次のツイートについても、とても大きな反響が多数寄せられています。
〈萩生田文科大臣の「身の丈に合った受験を」発言は、経済格差による教育格差の容認。ここでの「身の丈」とは「本人の努力」ではなく「出身家庭の財力」を意味する。「教育の機会均等」を定めた教育基本法にも違反する問題発言である。〉
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この意見に対して、リツイートが1万3000以上、「いいね」が2万1000以上の反応がありました。今ふうの表現を使えば、「バズッた」と言っていいでしょう。とくに印象深かったのは、このツイートに対するリプライ(返信)です。こうした物議をかもすようなテーマをツイートすると、リプライは賛否が拮抗することが普通です。しかし今回に限っては、賛成意見が圧倒的多数でした。全てを数えてはいないので厳密な数字ではありませんが、肯定的な内容が9割を優に超えていたことは確実です。
私のツイートにこれだけ大きな反響があり、そのほとんどが肯定的であったのはなぜでしょうか。それは萩生田文科相の発言が、日本社会にひたひたと侵攻している「格差」を肌で感じている多くの人々の怒りを買ったからだと思います。
教育への公的予算が少なく、私費負担額が大きい日本社会では、親の所得格差は子どもの教育格差へと直結します。英語民間試験による経済的負担は少なくありません。英検(実用英語技能検定)2級が5500~6500円、TEAP(Test of English for Academic Purposes)が1万5000円、TOEFL(Test of English as a Foreign Language)だと235ドル=約2万5000円以上掛かります。これを2回受験することが求められているのです。
それに加えて、これまでのセンター試験よりも試験会場数が限られることから、かなりの数の受験生が高額の交通費を支払うことになりそうです。離島や遠隔地の高校生の場合には1泊2日、あるいは2泊3日となり、宿泊費も必要です。
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これだけ費用負担が増えれば、教育にお金を掛けられる家庭の子どもが有利に、そうでない家庭の子どもは不利になります。格差社会化が進む中で、その有利不利は更に明確となります。萩生田文科相の「身の丈」発言は「経済格差」から生じる「教育格差」の拡大を容認したもので、そのことが格差社会の理不尽さを肌で感じる多くの人々を憤激させたのだと思います。
これは、文部科学大臣として重大な問題発言です。教育基本法の第4条では「教育の機会均等」が定められています。教育基本法は最高法規である憲法に準じる重要な法律です。萩生田文科相にはこれを遵守する義務があります。しかし、萩生田文科相の「身の丈」発言は「教育の機会均等」を守るどころか、それと完全に逆行する内容です。
今回の「身の丈」発言以降、英語民間試験導入への批判が一挙に強まりました。萩生田文科相は発言を謝罪し撤回。しかし批判は収まりませんでした。窮地に立たされた文部科学省は、2019年11月1日、英語民間試験の20年度からの実施見送りを決定し、萩生田文科相が記者会見を行いました。この日は英語民間試験の成績を志望大学に提供するための「共通ID」の受付開始日でもあり、まさにギリギリのタイミングでの見送り決定でした。
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さらに英語民間試験の実施見送りは、入試改革全体に対する人々の関心を高めました。11月1日、私は記者会見で「英語民間試験は大学入学共通テストのごく一部」「これからが始まり」と発言し、特に「国語・数学の記述式出題」の問題点を強く訴えています。
「国語・数学の記述式出題」の問題点は明らかです。共通テストでは莫大な量の答案を短期間に採点するので、正確かつ公平な採点をするのはとても困難です。採点スタッフの数も1万人程度必要と報道されています。十分な信頼に値しない採点者によって採点が行われれば、大学入試の根幹が揺らぐことにもなりうるのです。
従来の大学入試では、大学教員によって採点が行われてきました。50万人以上もの受験生が参加する共通テストの記述式問題の採点は、ベネッセコーポレーションのグループ企業である「学力評価研究機構」が行うことがすでに決まっていますが、共通テスト実施直後の1月中旬から後半にかけて、記述式問題の採点能力がある人をそれだけ集めることができるのでしょうか。
国会でも多くの野党議員から問題追求があり、与野党間で討論が交わされました。私が代表をつとめる「入試改革を考える会」も11月15日、国会で国語・数学の記述式問題についての院内集会を行い、24日には東京大学において有識者を集めたシンポジウムも開催しました。
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そうした中、臨時国会会期末近くの12月5日に与党である公明党が国語・数学の記述式問題の延期を提言したことで、萩生田文科相は「受験生のことを考えると、年内がリミットだ。重く受け止めたい」と答弁。国語・数学の記述式問題実施延期へ向けて、与党が調整に入ったことを報道各社が伝えています。
最終結論はまだ出ていませんが、英語民間試験の実施延期に続いて国語・数学の記述式導入も延期される可能性が高くなってきたことは確実でしょう。これが実現すれば共通テストの2本柱がなくなることになり、入試改革そのものが問われる事態が生み出されます。私は振り回される受験生のことを思えば、「共通テストの中止」と「センター試験の継続」の呼びかけも続けるべきと考えています。
萩生田文科相の「身の丈」発言から始まり、教育関係者の中には19年の臨時国会を「教育国会」と呼ぶ人もいます。英語民間試験や国語・数学の記述式問題は、経済格差や地域格差の拡大、公平・公正な採点が不可能であることなど、受験生に大きな被害を与える内容であることから私はその実施に反対してきました。その結果、全国の高校生や受験生からは賛同や感謝のメール、メッセージも数多く届いています。
今回の「教育国会」では、教育行政が現役学生である若者たちの実情や意見を顧みることなく、大学入試改革に臨んできたことが浮き彫りになりました。