新型コロナウイルスがもたらした経済への影響は、アルバイト口の減少による学生の困窮、失業率の上昇などさまざまな面に及びました。それは新卒者の就職市場にも悪影響を与えています。
2020年11月17日、文部科学省と厚生労働省は「令和2年度大学等卒業予定者の就職内定状況調査」(10月1日現在)の結果を公開しました。大学生の就職内定率は69.8%と、前年同期比で7.0%も減少しています。10月1日時点の就職内定率が70%を下回るのは15年以来5年ぶりで、リーマン・ショック後の09年のマイナス7.4%に次ぐ下落幅です。
4年制大学以外についても同様に悪い傾向が出ています。短期大学の就職内定率は27.1%で13.5%の減少、専修学校(専門課程)の就職内定率は45.5%で14.9%の減少と、いずれも大幅に低下しています。高卒者については新型コロナウイルス感染症の影響で採用選考の開始が例年より遅れていることもあり、現時点で確定的なことは言えませんが、昨年よりも求人数が減っているとの情報が各地方紙などに掲載されていますから、就職内定率が低下する可能性は高いでしょう。
就職内定率の低下に加えて、内定取り消しも増えています。厚生労働省が全国のハローワークを通じて毎年行っている調査 によると、今年4月に就職するはずだった新規学卒者の内定取り消しは全国で174人に達し、前年度の35人から約5倍にもなっていることが明らかになりました。内定取り消しが大幅に増加したのには、新型コロナウイルスによる経済停滞が影響しています。新型コロナを理由に内定を取り消されたのは大学生等が83人、高校生が21人で、合わせて104人となっています(「令和元年度新卒者内定取り消し等の状況」9月末現在)。
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「コロナ災害」による就職内定率の低下と内定取り消しの増加は、近年続いていた「売り手市場」が一瞬にして激変してしまったことを意味します。経済への影響は長期化することが予想されていますから、就職難が今後も続く可能性を否定することはできません。
就職難の長期化から予想されるのは、「就職氷河期」の再来です。
就職氷河期とは、バブル経済崩壊後の就職困難だった時期を指す言葉です。1990年初頭のバブル経済崩壊によって景気が後退する中で、企業は軒並み新規採用の抑制を行いました。これ以後、アジア通貨危機や大手金融機関の破綻によって不況は長期化し、有効求人倍率は1993年から2005年まで 1 を下回りました。「氷河期世代」とは、この間に大学や高校を卒業し、新卒での就職が特に厳しかった人たちとされています。中には正規雇用として就労できず、フリーターや派遣労働といった非正規雇用労働者にならざるを得ない人たちも大量に出ました。
ここで注意しなければならないのは、日本の労働市場では採用慣行が「新卒一括採用」と「年齢主義」を特徴としていることです。新卒者に比べて、既卒者の就職は著しく不利な構造となっています。新卒時に正社(職)員として採用されないと、その後に正規雇用で働くことは難しくなります。とすれば、学校を卒業する年にたまたま就職状況が悪ければ、たとえ能力があっても非正規雇用に甘んじるしかないということになります。生まれる年を選ぶことは誰にもできませんから、これは余りにも理不尽です。
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さらに深刻なのは、正規雇用と非正規雇用の間の歴然とした格差です。両者の間には賃金や福利厚生以外にも大きな差があります。例えば非正規雇用労働者には、職業能力やスキルを向上させる職業訓練の機会が正規雇用労働者ほど与えられません。そのため非正規雇用労働者の多くは、職業上の十分な知識や技量を身に付けることが困難です。非正規雇用で職業能力やスキルに不足があったとしても、それは労働者自身の責任というよりも、彼らの置かれていた環境に原因があることが多いのです。
また、氷河期世代に対する社会の偏見や差別の存在も見逃すことはできません。
日本社会においては、高度経済成長期から1990年前後まで一時的例外を除いて、高校や大学の新卒就職は全体として順調でした。そのことが、「正規雇用で就職できないのは本人に問題がある」という「自己責任論」を受け入れやすい大衆意識を醸成することにつながったと思われます。この誤った自己責任論は、氷河期世代の人たちを精神的に一層追い込むと同時に、彼らへの社会的支援の動きを遅らせることになりました。
氷河期世代は2020年現在、30代半ば~40代半ばの年齢に達しています。ここに、日本の労働市場の採用慣行における「年齢主義」が影を落とします。非正規雇用のまま30代半ばを過ぎた場合、本人が相当の努力を行ったり、能力を身に付けたりしても正規雇用に転身することは困難でしょう。
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では「コロナ災害」による就職難に、政府や行政はどう対処すればよいでしょうか?
短期的には、新卒就職への支援策を可能な限り実施することです。新規正社員を積極的に雇い入れる企業に対し、政府や地方自治体は支援策や優遇措置を実施すべきです。一方で企業の内定取り消しには、厳しい規制をかけることが必要です。また、「コロナ災害」で就職が困難となった学生について、新卒ではなくなった後も数年間は新卒と同じ扱いをするよう企業に強く呼びかけることも重要です。採用抑制が続いている政府や地方自治体など公共部門も、若者の失業対策として臨時の採用増を検討すべきだと思います。
長期的には「新卒一括採用」「年齢主義」への偏重を是正すべきです。中途採用にも正規雇用の門戸を開く雇用慣行を形成することが望まれます。既卒者が安く利用できる職業訓練校も設置すべきです。この職業訓練校と一定以上の待遇を保障する資格制度や労働の公正な評価制度が結び付き、さまざまな年齢からの正規雇用入職が可能となれば、たとえ卒業時に就職がうまくいかなくても、絶望することはなくなります。運が悪かったり、失敗したりしても、再チャレンジが可能な社会をつくっていくことが望ましいと思います。
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11月29日、「就職氷河期世代」を対象とした各省庁共通の国家公務員中途採用試験が、東京、大阪、名古屋など全国の9都市で行われました。人事院によると、採用枠157人のところに全国で計5634人が受験し、倍率は約36倍となりました。この日受験した47歳の女性は、新聞のインタビューに「もう若いとはいえない年齢となった。政府の支援は遅すぎたように感じる」と述べたそうです。
「政府の支援は遅すぎた」という言葉が胸に刺さります。氷河期世代は、日本社会が生み出した犠牲者です。「コロナ災害」による就職難によって、「コロナ世代」という名の新たな氷河期世代を生み出すことがないよう、最善の努力を行うことが求められていると思います。