高校受験生にとっては、入試シーズンも大詰め。2月21日には都立高校の第一次募集及び分割前期募集の入学試験が実施され、合格発表日は3月1日です。
今回の都立高校入試では、2022年11月27日に先行実施された「中学校英語スピーキングテスト」(ESAT-J)の成績スコアが、初めて試験得点に組み入れられようとしています。本連載でも再三ご紹介してきたように、そもそもこの事業には多くの受験生や保護者、学校関係者、教育専門家などの反対意見がありました。そのため、私のもとにも11月27日のESAT-J試験直後から、多数の疑問や批判の声が届いています。
そこで私が代表をつとめる「入試改革を考える会」では、「都立高校入試英語スピーキングテストに反対する保護者の会(保護者の会)」「都立高校入試へのスピーキングテスト導入の中止を求める会(中止を求める会)」「英語スピーキングテストの都立高校入試への活用中止のための都議会議員連盟」の3団体と協働して、Googleフォームを用いたアンケート式の「ESATJ実施状況調査」を実施しました。アンケート期間は22年度のESAT-J試験が実施された11月27日から12月4日までの1週間でしたが、478件の回答総数が集まりました。その約6割が中学3年生、約3割が生徒の保護者で、試験監督や教員、塾講師などからの回答もありました。
その中で私たちがもっとも注目したのは、試験会場において「前半実施組の受験生の声が、後半実施組の受験生に聞こえた」という証言です。ESAT-Jの受験生は試験会場である教室に入る人数の都合で前半組・後半組に分かれますが、試験教室と後半組の待機教室が隣接していたという事実を、私は試験日以降に方々から聞かされとても驚きました。前半組も後半組も試験問題は同一です。隣り合った教室であれば、前半組で試験を受けている生徒の解答音声が待機中の後半組の生徒に漏れ聞こえて、ヒントとなる危険性が極めて高いからです(試験教室で受験中の生徒は出題を聞き取るためと、周囲の音声が聞こえないようイヤーマフ/ヘッドホンを装着しています)。
しかも新型コロナウイルス感染対策で換気をよくするため、試験中も教室のドアを開けていたケースが多かったことも、受験生や試験監督の証言で明らかになっています。これではなおさら、隣室で待機している後半組に聞こえた可能性は高かったでしょう。
◆◆
実際、「ESATJ実施状況調査」では次のような回答が集まりました。ここでご紹介する回答は全体のごく一部です。
「前半の人たちの回答が丸聞こえでした」(中学3年生)
「息子は前半グループとして先に試験を受けましたが、すぐ隣に待機中の後半グループに解答している声が丸聞こえだった。試験後に後半グループで試験を受けたクラスメイトがそう言っていたようです。また、息子曰く、後半グループの解答の声も待機中の前半グループにとっても丸聞こえだった」(保護者)
「私は前半組だったが試験終了後の待機時間に後半組の声が結構聞こえた。後半組は前半組の声を聴いて試験の問題を予測できていたのではなかろうかと思う」(中学3年生)
「前半組が終わり、後半組になったら両サイドが後半組なので声は聞こえた。後で後半組の子に私達の声が聞こえたか聞いたら聞こえたと。後半組の方が前半組の解答を聞いてから試験に挑めるのでズルいと思った。実際lunchとか聞こえてお昼の事言ってるなと思った」(中学3年生)
「前半組と後半組で別れていたのですが、(私の子供は後半組)前半組の子の声が丸聞こえだったそうです。後半組はそれに備えて勉強していたとの事でした」(保護者)
「後半の組の人からきいたのですが、前半の人の声がダダ漏れで、有利だったそうです。そのお陰で、答えられた問題も多くあったようです」(中学3年生)
◆◆
同調査ではさらに、「試験教室内でも他の受験生の声が聞こえた」という証言も多数集まりました。昨年のESAT-J試験では、一教室あたりの受験者数を30名程度としたところが多かったと聞いています。これでは各人が十分な間隔をあけて着席できたとは言えません。試験は自席に座ったまま受けるので、お互いの間隔が十分でなければイヤーマフを装着しても周辺から解答する声が聞こえる可能性が出てきます。
「ヘッドホンをつけていても周りの声が聞こえる。何を言っているのかもわかる時があった」(中学3年生)
「やっている途中前の人の喋っている声が聞こえた。結構はっきり単語が聞こえた」(中学3年生)
「イヤーマフをつけても前後左右の人の声ははっきりと聞き取れました。スピーキングが苦手な人は近くの席の人の解答をそのまま回答すれば点が入る状況でした」(中学3年生)
「イヤーマフをしていても他人の回答が聞こえてしまう、声というレベルではなく単語もききとれる状態」(中学3年生)
これらの証言はその後、記者会見やSNSを通して世間の人々に拡散されました。そうして試験当日の「音漏れ」は、都議会でも議論となりました。浜佳葉子東京都教育長は、22年12月7日の都議会代表質問で「事業者及び配置した都職員からの報告により、受験教室等では、音声は聞こえても発言内容を聞き分けることはできず、解答に影響を与えることはなかった」と述べています。
しかし、この浜教育長の発言には疑問があります。何より「音声は聞こえても、発言内容を聞き分けることはできず、解答に影響を与えることはなかった」ということを断定できるのは、ESAT-Jを受けた生徒だけということです。
都職員は試験当日、携帯電話など電子機器類の取り扱いを主な業務としていたことが分かっています。解答音声が流れる試験教室内にいたのは、受験生以外では原則アルバイトの試験監督のみで都職員ではありません。また、事業者もESAT-Jを導入・推進する立場であることが明白であり、事業に影響するような報告はしないと思われます。
◆◆
それに「音声は聞こえても~」と、周囲の生徒が発する声が聞こえたこと自体は問題ではないという主張にも納得できません。入学試験では受験生が集中できるように、静寂な環境を整えることが強く求められています。「音漏れ」は後続の受験生にとって、解答のヒントになるだけでなく集中を妨げる点でも問題です。今回のESAT-Jで試験教室内の受験生にイヤーマフを装着させたのも、「音漏れ」を防ぐ目的からです。実施状況調査で多数の証言が出たことで「音漏れは存在しない」という当初の見解が維持できなくなった途端、「音声が聞こえたこと自体は問題ない」と発言をすり替えたのは、入学試験実施責任者として無責任だと思います。
23年1月30日、「入試改革を考える会」は「中止を求める会」とともに、浜教育長と東京都教育委員会(都教委)に対して要望書を提出しました。主な内容は次のようになっています。
(1)中学校英語スピーキングテスト(ESAT-J)の試験当日の「音漏れ」が解答に影響する程度であったか否かについての「実証実験」を、東京都教育委員会、私たち市民団体、そして第三者としてマスコミ、この三者が参加する下で実施することを要望いたします。
「実証実験」は、当日使用したのと同じタブレット端末、イヤーマフ、イヤホンマイクなどの機器(それぞれ1教室分の30台)と試験問題の音声、試験当日と同じ会場(問題や解答の漏えいが指摘されている「隣り合った2教室」)など、試験当日と同一の環境を整備した上で実施することが必要です。