国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」(以下「トリエンナーレ」)内の一企画として開催された展覧会。2015年に東京・江古田のギャラリー古藤で開催された「表現の不自由展」を母体とする。同展を見たジャーナリストの津田大介は、大村秀章愛知県知事の要請を受け「トリエンナーレ」の芸術監督に就任後に同展をプログラムの中に組み込むことを発案し、同展実行委員会もこれを了承、愛知県芸術センター内の県美術館ギャラリーの一室を会場に「表現の不自由展・その後」のタイトルで開催されることになった。
「表現の不自由」展は、原発、憲法9条、「慰安婦」問題、天皇制、政権批判など、タブー視されたテーマのために公共施設での展示が不許可となった作品をその理由とともに紹介する展示だったが、「その後」展では2015年以降に展示不許可となった作品が新たに加えられた。参加作家は計16組。なかでも、昭和天皇を題材にコラージュした大浦信行の「遠近を抱えて(4点組)」と慰安婦をテーマとしたキム・ソギョン+キム・ウンソンの「平和の少女像」には一部の観客の強い反発が予想されたため、奥まった会場の入り口を布で仕切り、また写真や動画のSNS投稿を禁止するなどのネット炎上対策が行われた。
しかし、8月1日の「トリエンナーレ」開幕直後に同展を視察した河村たかし名古屋市長が愛知県に展示の中止を申し入れ、同展の開催を決断した津田監督とそれを認めた大村知事を強く批判したのを機に、「電凸」と呼ばれる匿名の抗議や嫌がらせが殺到、さらには脅迫ファクスまで届くに至り(送信者は後に逮捕)、安全への危惧から展示はわずか3日間で中止に追い込まれる。その後、展示が再開されたのは閉幕6日前の10月8日のことだった。また9月26日には、「不適当な申請手続き」を理由に文化庁が「トリエンナーレ」の助成金を全額不交付とする方針を発表するなど、事件は異例の経過をたどることになった。
愛知県が設置した検証委員会は、12月18日に多くの事例を挙げて同展のキュレーションが不適切だったとする最終報告書をまとめたが、これに対して津田は、芸術監督に責任を負わせるという結論ありきではないかと反論した。他方、実行委員会のメンバーは2019年末に『あいちトリエンナーレ「展示中止」事件』を出版し、実行委員会と意思の疎通を欠いていた津田の対応を批判。また名古屋市も独自に検証委員会の立ち上げを表明するなど、「トリエンナーレ」終了後も当事者の動きは錯綜している。
11作家が「トリエンナーレ」への展示辞退を表明し、多くの関連団体が抗議声明を発表するなど、海外の美術関係者やメディアの大半は今回の事件をタブーに挑んだ作品に対する検閲や表現規制として強く批判した。日本国内でも同様の批判は少なくなかったが、同展を「反日的だ」などと否定する声も大きかった。こうした国内外の反応の大きな落差は、日本社会に根強く残る「表現の不自由」を浮き彫りにした。