日本学術会議は、日本の科学者約87万人を代表する国の組織。内閣府の特別の機関で、政府から独立して職務を行う。日本学術会議法により首相が所轄する。
第1部人文・社会科学、第2部生命科学、第3部理学・工学の3部からなる。計210人の会員は非常勤の特別職国家公務員。「優れた研究又は業績がある科学者」のなかから学術会議の推薦にもとづいて首相が任命する。任期6年で3年ごとに半数の105人が入れ替わる。約2000人の連携会員とともに、科学に関する重要事項を審議し、政府に対して政策提言や報告を行い、国際的な活動や科学の役割についての世論の啓発を担う。経費は国庫負担だが会員への固定給や年金はなく、会議出席時の手当や旅費が支払われる。2020年10月に就任した第30代会長はノーベル物理学賞受賞者の梶田隆章・東京大特別栄誉教授。歴代会長にはノーベル物理学賞受賞者の朝永振一郎、東京大学総長を務めた茅誠司、吉川弘之、京都大学総長を務めた山極寿一各氏らがいる。
学術会議は、社会的影響が大きく、専門分野を横断して取り組むべき課題への政策提言を数多く行ってきた。扱うテーマは原子力の公開・民主・自主の三原則や放射性廃棄物の処分、震災・河川災害などへの防災対応、宇宙科学、尊厳死や遺伝子改変技術などの生命倫理に関する問題など幅広い。南極観測、国立公文書館、国立情報学研究所など、学術会議による提案が実現のきっかけになった事業も多い。
会員の首相任命制が1984年に導入された際、当時の中曽根康弘首相は83年に国会で「政府が行うのは形式的任命にすぎない。学問の自由独立はあくまで保障される」と答弁。学術会議による推薦者を歴代首相が最終的に拒否したことはなかったとされる。
しかし菅義偉首相は2020年9月、学術会議が推薦した会員候補105人のうち6人の任命を拒否した。学術会議は菅首相に対し、会員候補を任命しない理由の説明とすみやかな任命を求める要望書を提出している。
学術会議が17年、軍事研究について「慎重な判断」を求める声明を出したことが政権を刺激したとの見方もある。ただしこの声明は1950年と67年に学術会議が戦争や軍事目的の研究を「行わない」とした過去の声明を継承したものだ。この姿勢は学術会議が戦争協力への反省をもとにつくられた経緯と深い関係がある。
学術会議は49年に発足した際の声明で、これまでの科学者の態度を「強く反省」し、今後は「科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるとの確信の下に、わが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献」すると誓った。「日本国憲法の保障する思想と良心の自由、学問の自由及び言論の自由を確保する」とも述べた。
背景にあるのは第2次世界大戦当時、科学や学問が戦争に動員され、毒ガスや生物兵器開発のための人体実験や、原爆開発計画などに利用された歴史への反省だ。天皇機関説事件や滝川事件など、戦前の軍部による学者弾圧の歴史も念頭にあった。
大日本帝国憲法には学問の自由の規定がなく、1920年設立の学術研究会議は科学者の戦争協力を止められなかった。日本国憲法が第23条で学問の自由を保障したのは、学問への政治介入を許した戦前の歴史への反省から、研究の内容を理由にした不利益な取り扱いを政府に禁じたものと解釈されている。