脱成長は、未来社会デザインの思潮の一つである。環境と社会の持続可能性を実現するために、消費社会の中心価値である経済成長信仰からの脱却を提唱している。
脱成長は、「減少」「縮小」を意味するフランス語のdécroissanceの訳語である。1990年代頃から、一部の環境活動家の中で、人間の活動が生態系に与える環境負荷を削減し、持続可能な社会を実現するため、先進工業国の消費を減らすスローガンとして用いられていた。21世紀になって、開発とグローバル化を検証する議論が高まる中、思想家セルジュ・ラトゥーシュが、経済成長を社会の進歩の指標としてきた20世紀型開発パラダイムの方向転換を促すプロジェクトとして先進工業国の脱成長を提唱した。
脱成長のアイデアはスペイン語、カタルーニャ語、イタリア語などに翻訳され、運動は南欧を中心に普及したが、2008年パリで開催された第1回脱成長に関する国際会議でdegrowthと英訳されたことを契機に国際的な認知を得るに至った。近年、脱成長は資本主義に対するラディカルな批判の一翼として注目され、社会運動論から公共政策まで幅広い研究がなされている。
脱成長では、公正で持続可能な社会への移行を実現するために、消費社会の価値体系の転換を提唱している。その中心的課題となるのが、豊かさの中身の転換である。消費社会では、GDPを豊かさの唯一の指標と見なし、大量生産・大量消費の生活様式を発展させてきた。しかし経済成長を際限なく追求した結果、環境負荷の増加、格差の拡大、幸福度の低下などの負の側面が地球環境や社会にもたらされた。そこで脱成長では、生活の在り方を問い直し、GDPに代わる新しい豊かさを構想している。「節度ある豊かさ」とも呼ばれるこの構想では、有限の地球生態系の中で全人類が共に生きていくために公平性を実現することが何よりも重視される。
また、脱成長は、社会構造の具体的な転換も構想している。脱成長の視座では、環境と社会にかかる負荷を「減らす」と同時に、生活の質を高める様々なものを「増やす」ことが重視される。「減らす」ものとは、経済のグローバル化にともない増えた遠距離輸送や過剰包装などの中間消費、農業で使用される大量の化石燃料・農薬・化学肥料、消費依存を助長する広告、環境破壊のリスクが高い化石燃料や原子力エネルギー、長時間労働、所得の不平等などである。「増やす」ものとは、汚染のない空気・水・土壌、環境的に持続可能で健康に優しい食べもの、自由時間、コミュニティーの社会関係資本などである。
脱成長では、これらの問題を解決するための手段として、経済の再ローカル化が重視される。例えば、有機農産物や再生可能エネルギーの地産地消は、食糧・エネルギー生産の全過程において環境負荷の削減に貢献し、経済の地域循環と雇用創出にも貢献する。また、コミュニティーの社会関係を豊かにするための手段として、市民農園への参加や地域通貨の導入が提唱されている。再ローカル化の実践は市民が主体となるが、脱成長ではその活動を支える公共政策についても構想している。例えば、環境税や法定労働時間の短縮、ワークシェアリングによる雇用の再分配、環境的に持続可能な産業部門への投資と雇用創出、ベーシック・インカムと富裕層に対する所得上限制度の導入などによる格差是正など。これらの政策案はいずれも、消費主義への依存を減らしながら、環境の持続可能性と社会的な公平性を同時に実現する狙いがある。
このコラムのバックナンバー
1~5ランキング
連載コラム一覧
もっと見る
閉じる