2023年のノーベル賞6部門が、同年10月に発表され、同年12月10日に賞金とメダルが授与された。
医学生理学賞は、米ペンシルバニア大学のドリュー・ワイスマン教授と同大学研究者のカタリン・カリコ特任教授に贈られた。授賞理由は「COVID-19に対する効果的なmRNAワクチンの開発を可能にしたヌクレオシド塩基修飾に関する発見」。m(メッセンジャー)DNAにはたんぱく質をつくる遺伝情報が含まれている。これを人工的に設計すれば治療薬やワクチンが作れるが、人工のmDNAは体内に入ると異物とみなされ、過剰な免疫反応を引き起こす。ワイスマン教授らは、この反応を回避する方法を発見し、2005年に発表した。これにより、新型コロナウイルスのパンデミックが起きた後、1年足らずでワクチンを開発することができた。
物理学賞は、米オハイオ州立大学のピエール・アゴスティーニ教授、独マックス・プランク量子光学研究所のフェレンツ・クラウス教授、スウェーデン・ルンド大学のアンヌ・ルイリエ教授の3氏に贈られた。授賞理由は「アト秒パルス光を生成する実験方法」の開発。100京分の1秒に当たる「アト秒」という極めて短い時間を観察する手法を開発したことが評価された。電子工学や医療分野で応用できる可能性がある。
化学賞は、米マサチューセッツ工科大学のムンジ・バウェンディ教授、米コロンビア大学のルイス・ブルース教授、旧ソ連出身で米民間企業の元研究者アレクセイ・エキモフの3氏に贈られた。授賞理由は「量子ドットの発見と合成」。1ミリの100万分の1という「ナノ」サイズの結晶である「量子ドット」は、今ではテレビの画面やLEDの照明などで活用されている。今後は次世代の太陽光電池などにも活用できる可能性がある。
文学賞はノルウェーの劇作家、ヨン・フォッセに贈られた。授賞理由は「語り得ぬものに革新的な戯曲と散文で声を与えた」こと。1959年、ノルウェー西海岸のハウゲスン生まれ。83年に小説『赤、黒』でデビューし、90年代から戯曲を手掛けるようになった。戯曲『だれか、来る』が99年にフランスで上演されると、「21世紀のベケット」などと称賛されるようになった。詩のようなセリフ回しを作風とする。『だれか、来る』は23年末に白水社から翻訳・刊行される。
平和賞は、イランの人権活動家ナルゲス・モハンマディに贈られた。授賞理由は「女性への抑圧と闘い、また、すべての人の人権と自由を促進するために闘ったこと」。モハンマディは1972年、イラン北西部ザンジャン州生まれ。ジャーナリストとして活動するとともに、2003年にノーベル平和賞を受賞したシリン・エバディが代表を務める人権団体「人権擁護センター」の副代表として、女性の権利擁護や死刑廃止などを訴える活動を行ってきた。21年以降、反体制的な活動をしたとして刑務所に収監されている。獄中にいる人への授賞としては、ミャンマーのアウンサンスーチーなど、過去に4人いる。
ノーベル委員会は「今年の平和賞はまた、昨年、イランの神権的な政権による女性差別と抑圧の政策に反対するデモを行った数十万の人々をも評価するものである。デモ隊のスローガン『女性・生命・自由』は、ナルゲス・モハンマディの献身と活動を適切に表現している」として、2022年9月からイラン各地で行われた女性の人権尊重を求める大規模デモについても言及した。
経済学賞は、米ハーバード大学のクラウディア・ゴールディン教授に贈られた。授賞理由は「女性の労働市場における成果についての理解を前進させたこと」。1946年、米ニューヨーク生まれ。アメリカにおける200年以上のデータを分析し、女性の就業率が経済発展に比例して上昇するのではなく産業構造の推移に応じて歴史的にU字形のカーブを描くことなどを明らかにして、男女の格差を解消する政策に大きな示唆を与えている。研究をまとめた著作の翻訳として、『なぜ男女の賃金に格差があるのか』(慶應義塾大学出版会)がある。
平和賞の授賞式はノルウェーのオスロで、それ以外の賞の授賞式はスウェーデンのストックホルムで、それぞれ12月10日に行われた。モハンマディは獄中から声明を送り、家族が代読した。