2025年のノーベル賞6部門が、同年10月に発表され、12月10日にメダルなどが授与された。
医学生理学賞は、大阪大学の坂口志文(しもん)特任教授、米システム生物学研究所のメアリー・ブランコウ、米ソノマ・バイオセラピューティクスのフレッド・ラムズデルに贈られた。授賞理由は「末梢の免疫寛容に関する発見」。坂口教授は、外部から侵入する病原体を排除する免疫細胞が暴走して、体内の細胞や異物ではないものまで排除する過剰反応を抑える「制御性T細胞(Tレグ)」を1995年に発見した。ブランコウとラムズデルは、1990年代に制御性T細胞の存在を裏付ける発見をした。臓器移植手術や、がんの治療に役立つことが期待されている。
物理学賞は米カリフォルニア大学バークレー校のジョン・クラーク名誉教授、同じくサンタバーバラ校のジョン・マルティニス名誉教授、米イェール大学のミシェル・デボレ教授に贈られた。授賞理由は「電気回路における巨視的量子力学的トンネル効果とエネルギー量子化の発見」。「トンネル効果」とは、電子などの粒子が障壁を超える量子力学的現象のことである。3人は、1984~1985年、特殊な電気回路を使ってトンネル効果を観測。目で見ることができる大きさの世界でも、この現象を確かめることに成功。次世代計算機「量子コンピューター」などの技術的な基礎を築いた。
化学賞は、京都大学の北川進特別教授、米カリフォルニア大学バークレー校のオマー・ヤギー教授、オーストラリア・メルボルン大学のリチャード・ロブソン教授に贈られた。授賞理由は「金属有機構造体(MOF)の開発」。MOFは活性炭のような多孔性物質で、ナノメートルのサイズの小さな穴が無数に空いた、金属と有機物のハイブリッドな材料である。ロブソン教授が1989年に銅イオンなどでMOFの原型を作ることに成功し、北川教授は1980年代~1990年代に、金属イオンと有機分子でMOFを作り、1997年にはMOFを使って二酸化炭素(CO2)など特定の気体だけを分離することに成功した。ヤギー教授は1999年に、300度の高温のもとでも壊れないMOFを作り出した。地球温暖化の原因となる化石燃料使用で排出されるCO2の回収に向けて研究開発が進んでいる。
文学賞はハンガリーの作家クラスナホルカイ・ラースローに贈られた。授賞理由は「終末的な恐怖の中にあって、芸術の力を再確認させる、説得力があり先見性のある作品に対して」。1954年、ハンガリー南東部のジュラ生まれ。デビュー作の『サタンタンゴ』(1985年)と『抵抗の憂鬱』(1989年)は、ハンガリーのタル・ベーラ監督により映画化され、日本でも公開されている。2015年にはイギリスの国際ブッカー賞を、2019年には全米図書賞翻訳文学部門を受賞している。邦訳に京都滞在経験をもとに書かれた小説『北は山、南は湖、西は道、東は川』(松籟社、2006年)がある。
平和賞はベネズエラの反体制派活動家で野党指導者のマリア・コリナ・マチャド元国会議員に贈られた。授賞理由は「ベネズエラ国民の民主的権利の促進に向けたたゆまぬ努力と、独裁政権から民主主義への公正かつ平和的な移行を実現するための闘いに対して」。マチャドは1992年に路上生活を送る子どもたちを支援する財団を設立。2010年には国会議員となるが、2013年に就任したニコラス・マドゥロ大統領が独裁化し、野党指導者が逮捕されたり、亡命したりするなか、現在は国内で身を隠しながら、国内外にメッセージを発している。
経済学賞は、米ノースウェスタン大学のジョエル・モキイア教授、フランスの高等教育機関コレージュ・ド・フランスのフィリップ・アギヨン教授、米ブラウン大学のピーター・ホーウィット教授に贈られた。授賞理由は、「イノベーション(技術革新)主導の経済成長の解明」。モキイア教授は、産業革命以降の持続的な経済成長をもたらした技術革新と科学的知識の相互作用を解明し、アギヨン教授とホーウィット教授は、技術革新によって新しい製品が古い製品を駆逐していく「創造的破壊」について、数理モデルで説明した。
ノーベル賞平和賞の授賞式はノルウェーのオスロで、それ以外の賞の授賞式はスウェーデンのストックホルムで、それぞれ12月10日に行われた。平和賞を受賞したマチャドは、マドゥロ政権の渡航禁止措置を無視してベネズエラを出国し、オスロに向かっていたが、間に合わず、娘が代理で出席して賞を受け取った。