やりたいなら全力でやればいい
私たちのデートの場所は、基本的にゲームセンターでした。ゲームをしないデートは、片手で数えられるぐらいしかしていない気がします。私も彼も、ゲームセンターが大好きだったので、それで問題ありませんでした。いつもとは違うゲームセンターへ仲間たちと一緒に行ったり、全国大会の予選を通過するため遠方のゲームセンターで腕試しをしたり、というのが私たちにとってデートのようなものでした。
私一人でゲームセンターへ行くこともありました。しかし彼はそれを止めることはしなかったので、私は大会運営をしたり、練習をしたりと一層精力的に格闘ゲームの活動に力を注いでいました。より多くの人に自分の活動を知ってもらうため、格闘ゲームについて発信するブログを始めたり、格闘ゲーム好き8人で集まってインターネットの生放送番組を始めたりもしました。
〈ももち〉は「やりたいならやればいい。その代わり全力で頑張れ」と私のことを応援してくれたので、とても活動しやすかったです。逆に私は、彼の練習環境をよりよいものに整えたり、一緒に住み始めてからは家事を率先してこなすことなどで応援しました。彼とは最初から、お互いに成長させあえる、よい関係だったように思います。
世の中には、自分の彼女が男性客の多いゲームセンターへ一人で遊びに行くのは心配、と考える男の人は多いかと思います。その気持ちは私もわかります。ですが〈ももち〉は、束縛によって私の可能性を潰すようなことはせず、私をのびのびと活動させ、成長の機会を与えてくれました。
ただ私の両親からは、よく思われてはいませんでした。父や母にとって、ゲームセンターはあまりいいイメージじゃない場所だったし、家では「いつまで子どもの遊びに夢中になっているの?」とさえ言われていました。ですから〈ももち〉と付き合っていることを母に話した時も、あまりいい顔はされませんでした。私のことが心配で、仕方なかったのだと思います。
私が、大人になってもゲームをしていることにいい印象を持っていない両親に、「私、プロゲーマーになろうと思う」と言った時にどんな反応をされたか……きっと皆さんにも想像がつくと思います。
「何を寝ぼけたことを言っているの、地に足つけて生きなさい」
母の辛辣な言葉が胸に突き刺さりました。しかし私はそんな心配を尻目に、〈ももち〉とひたすらゲームの道を突き進みました。
結婚前、初めて海外大会に参戦したシンガポールでのツーショット
プロになったけど生活はきつい
10年4月、〈ウメハラ〉さんが格闘ゲームで一人目のプロゲーマーとなりました。それをきっかけに「自分もプロゲーマーになりたい」と思い始めた〈ももち〉の気持ちに気づいたので、私は彼をプロゲーマーにするための活動を始めました。自費で海外の大会に出場する、海外企業に英語でメールを送る、英語でブログを始めるなど、海外に向けた情報発信を精力的に行った結果、11年7月、アメリカのプロゲーミングチーム「Evil Geniuses(イービルジーニアス)」(本拠地・カリフォルニア州サンフランシスコ)のアレキサンダー・ガーフィールドCEOからスカウトの連絡が届き、私たちはプロゲーマーになりました。
その時、私自身はプロゲーマーになるつもりはなかったのですが、ガーフィールドさんが「裕子も一緒に」と熱く誘ってくださったので、私もプロの道を歩き始めることにしました。
プロになって最初の3年間は、とにかくきつかったです。海外遠征の交通費や宿泊費などはチームが全額負担してくれたのですが、給料は私たち二人が安定した生活を送れる額ではなかったので、私は居酒屋の店員として、〈ももち〉はホテルマンとして働きながら活動していました。
そのような状態でしたから、将来への不安は常にありました。先がまったく見えないプロゲーマーという職業をいつまで続けるのか、もしくはいつまで続けられるのか。先のことを考え始めると駄目になってしまいそうだったので、なるべく考えないようにしていました。今では大会の賞金額が上がり、仕事一つひとつの報酬も上がったのでプロ一本で食べていける人が増えましたが、当時は賞金額も低いし、プロゲーマーという存在自体知られていません。そんな職業が成り立つとは、周囲の誰も思わなかったことでしょう。
当時、大学時代の友人などに「このままプロゲーマーを続けていてもいいのかな? それとも辞めて再就職すべきかな?」と相談したこともあったのですが、ほとんどの友人は「プロゲーマーは辞めるべき」と諭してくれました。中には「プロゲーマーって聞いて、正直馬鹿にされた気がする。絶対うまくいくわけないから、辞めたほうがいい」と答えた友人もいました。
言いにくい本音を正直に伝えてくれて有り難かったですが、ちょっと胸にくる言葉でした。でもそんな言葉を受け止めながら、このままでいいのか悩みながらも結局、私は夫と二人でプロゲーマーを続けました。今は続けていて本当によかったなって思います。
時には本気で! 公開夫婦げんか
私と〈ももち〉は、お互いに思ったことや意見を口に出すタイプなので、常日頃から言い合い(意見の出し合い)をします。二人でゲームをプレーする様子をインターネットで生放送したりもするのですが、その際にもしょっちゅう言い合いが勃発します。とてもささいな小競り合いから、お互いの考え方についての議論まで、多種多様なことで言い合いが始まります。継続的に視聴している人の多くは、それを「夫婦漫才」と呼んで楽しんでくれています。あまりのヒートアップぶりに怖がる視聴者さんもたまにいますが……実は本気でけんかしている時もあります(笑)。
よその夫婦のけんかに立ち会う機会なんて、なかなかないですよね。しかし私たちの生放送では、高確率で遭遇することができます。コメントを書き込んで一緒に言い合ってくれる視聴者さん、二人の言い合いを見て、ただただ楽しんでくれる視聴者さん、心配してくれる視聴者さん、いろいろな人がいて、これまた生放送を楽しくしてくれています。
この時間は私たちにとって重要で、こうした言い合いにより仲が深まっているように感じています。私も〈ももち〉も引きずるタイプではないので、意見を出し合うことはお互いにプラスになります。真剣に議論して、時にはムッとしたり、時には大爆笑したりするのですが、その議題は「ウインナーソーセージにマヨネーズをかけるかどうか」「味噌汁にじゃがいもを入れるのはアリかナシか」といった本当にどうでもいいようなことから、「プロゲーマーとしてのあり方、生き方について」というかなり真面目な話まで様々です。
〈ももち〉は論理的によく考えてから、筋道立てて発言をする人で、基本的にブレません。頑固な一面もあるので、根本的な考え方も大きくブレることはありません。私はと言うと、感覚を大事に生きるタイプなので、行き当たりばったりな発言をして、次のタイミングでは意見が変わっていたりします。かなり対照的な二人です。これはゲームのプレースタイルにも表れています。
ゲームのプレースタイルって、本当に性格が出るんですよ。とても真面目そうな、スーツを着たサラリーマンのお兄さんが、ものすごく大胆なプレーを連発することもあれば、強面なお兄さんがとても繊細なプレーをしたり……。対戦するだけで、その人の内面を覗いているような、そんな気持ちになります。
と、まぁ少し話はずれましたが、非常に対照的な、理論派な〈ももち〉と、野性的感覚派の私が仲良く暮らしていくには「言い合い」が大切な時間なのですね。