木々の緑が濃くなりました。シトシトと降り続く雨が、雑木林の中を曇らせて奥行きをつくります。アトリエの部屋は、やや薄暗くなってひんやりしています。この湿度感は梅雨ならではの心地良さ。存分に味わわねばといつも思います。
アトリエの土地に出会った時に、私は土手らしき際目(さいめ)を、目を皿のようにして見て回りました。敷地内には農道を挟んで放置された2枚の田んぼがあり、その下手(しもて)は土手になっていて、それらに再生の余地があるのかを知りたかったからです。田んぼはガマが生い茂っていましたし、土手はノイバラやススキがはびこっていました。ノイバラもススキもとても良い植物なのですが、田園の土手を元に戻したかったので、この場合は招かざる客です。よく見ると、ツリガネニンジンやノアザミなどが交ざって生えています。どうやら、土手にまだ湿り気が残っているようなので、草刈りを何度か繰り返すだけで健全な土手が蘇りそうです。このことを確信した時、私の胸は高鳴りました。
大津市仰木(おおぎ)地区の田んぼの土手は江戸時代に区画され、人力でつくられたということですので300年以上の歴史があります。そこに息づいている植物たちは、代々子孫を残してきたこの土地の住人。とにかくこれらの植物たちを住みやすくしてやりたい。そう考えるだけで、一刻も早く草刈りをしたくなりました。
この他に、もう一つ、再現したいものがありました。それは土手に並ぶ稲木(いなぎ)です。稲木は、田んぼや土手に棒杭を刺し、竹を横にしてくくりつけ、収穫した稲を掛けて干すためのものです。地域によっては「はさ木」とか「稲掛け」とかいろいろな呼び方があります。
稲木は、棒杭の代わりに生きた木を植えることもあります。木の種類は、傾斜が少なく湿地などが多い所では、ハンノキやトネリコなどが選ばれます。比叡や比良山麓では棚田が多いからでしょうか、乾燥にも強いクヌギが使われます。
稲の収穫される9月は台風シーズンですから、強風を受けて稲木が倒れ、せっかく干した稲が台無しになってしまうことがよくあります。でも生きている木ならばその心配がありません。ただし、生きている木の場合は、1年中そこにあることになりますので、農作業の邪魔にならないあぜ道の横の土手に植えられました。木が大きくなると陰ができるので、2メートルくらいの高さに揃えて毎年剪定されたのです。これらの稲木は、先端がコブのように膨らんだ独特の形になって土手に整列していました。
稲木は、この界隈では土手とセットになっていて、風景をつくる大切な木。私はこの稲木に里山の風情を感じ、今までどれだけ写真に撮ってきたことでしょう。私の稲木へのこだわりは筋金入りです。しかし、この30数年の間に稲木は少しずつ撤去され、今ではすっかり珍しいものになってしまいました。