冬型の気圧配置になると、アトリエのある大津市仰木(おおぎ)界隈は、雪の多い北部と対照的に晴れ間が多くなります。時折、寒波が猛威をふるうと、比良山(ひらさん)から風に乗って灰色の雲がやってきて、白い雪をちらつかせる、そんな日が続きます。
真冬は、越冬している生きもの探しにもってこいの季節。冬越しの生きものといえば、なんといっても巧みに姿を隠す昆虫たちです。中でも、カムフラージュを得意とする擬態の名手たちとの出会いは驚きに満ちています。昆虫は低温になると体が動かないので、ありとあらゆる知恵を絞ってしっかりと寝床を定めます。そうしなければ、目ざとい鳥にいとも簡単に捕食されてしまうでしょう。また、容赦のない北風に吹き飛ばされてしまうかもしれません。冬越しの姿は、昆虫たちにとっては生死がかかった身体の表現なのです。
今までアトリエ周辺で発見した越冬昆虫は数知れませんが、そんな中で枯れ葉に化けた強者を紹介しましょう。
まずは、アカエグリバ。この蛾は500円玉くらいの大きさなのですが、枯れ葉に姿を似せる昆虫の中でも化け具合はトップクラスです。褐色の葉脈や湾曲の仕方、虫食いの跡など、なかなかの芸の細かさです。この蛾を冬枯れの雑木林の中で探すのは至難の業。彼らが動いてくれない限りは、どんなに昆虫に詳しい人でも多分、発見できないでしょう。
私がこの蛾に出会ったのも全くの偶然でした。ある日、落ち葉かきをして集めた落ち葉を燃やそうと火をつけました。乾燥した葉がパチパチと音を立て、白い煙を上げて瞬く間に大きな炎になったその時です。煙の中から一片の小さな枯れ葉が舞い上がり、雑木林の方に飛んでいきました。それが蛾だと分かった私が必死になって追跡すると、クヌギの幹下の枯れ葉の中に忍者のように潜り込みました。その隙間に目を凝らすと、枯れ葉に見事に同化した蛾が止まっていたのです。一瞬でも目を離したら見失ってしまいそうなほど、完璧な擬態。触角をぴったりと体に付けていますが、頭部には毛がびっしりと生えていて、いかにも暖かそうな出で立ちでした。それ以来、この蛾のことは気に掛けているのですが、冬に出会ったのはこの時だけです。
もう一つ、やはり枯れ葉に擬態する昆虫がいます。それは、スミナガシという蝶の蛹(さなぎ)です。スミナガシは蛹の姿で越冬しますが、そのデザインセンスは尋常ではありません。枯れ葉の葉脈から虫食い跡まで真似ているのですが、立体感や透明感までうり二つなのです。この蛹が落葉した枝にぶら下がっていても、枯れ葉が引っ掛かってくっ付いているとしか思えません。
神様のいたずらとしか思えないような不思議な昆虫たち。こんなすばらしい生命がアトリエの庭に息づいてくれていることをうれしく思います。
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