ちなみに、アルファベットに例えると、元素がアルファベットで、アルファベットを並べて作った単語が化学式にあたります。アルファベットは26文字(英語など)と決まっていますが、元素の数は現在118種見つかっています。「見つかっている」ってどういうことなのか? 不思議に思われるのも当然です。科学者たちは、新しい元素を自分たちの手で作り出すという離れ業までやってのけるので、元素は少しずつ増え続けているのです。
さて、そんな元素から作られる化学式の種類(化学物質)はいったいいくつあるのでしょうか? 実は「英単語が数え切れないのと同じように化学物質も数え切れない!」というのが答えです。でも科学者たちは律義です。現在見つかっている化学物質は、すべてデータベースになって登録されているのです。このデータベースを管理しているのが、米国化学会(アメリカ化学会 American Chemical Society,ACS)のデータサービスであるCAS(Chemical Abstracts Service)。さて、どのくらいの数が登録されているのでしょうか? ちょっと想像してみてください。
2010年9月8日現在、登録されている化学物質の数は、有機化合物と無機化合物の合計は5500万種以上あります。予想よりも多かったでしょうか、それとも少なかったでしょうか。でも、次の数字を聞くと驚かれると思います。なんと、このデータベースに登録される化学物質の数は1日に1万4000種くらいのペースで増えているのです。
科学者が新しく作り出したり、または見つけたりしてデータベースに加えられる化学物質が1日にこれだけあるのです。だけど、その1万以上の「発見」は、いちいちふだん暮らしている私たちの耳には届きません。1日に1万4000というと……1秒あたりに計算してみましょう。約0.16秒あたり1つ、ということになります。途方もない数です。この「増え続ける化学物質のデータベース」の様子は、CASのホームページ(PCサイト http://www.cas.org/index.html)で見ることができるので、興味のある方は、ぜひ見てください。登録される化学物質が増える様子が右上のカウンターで確認できます!
さて、地球上で見つかっている化学物質の数は、先のデータベースがあるのでわかります。それでは宇宙全体ではどうでしょう?……これは、わかりません。無責任なようで申し訳ないのですが、現時点ではこう答えるしかありません。
2010年6月、小惑星探査機「はやぶさ」が地球に戻ってきたニュースが話題になりました。科学や技術に興味がない方でも、長年がんばって働いてきて、やっと地球に戻れるというときに、大気圏突入で満身創痍に……その「はやぶさ」の姿に心を動かされたのではないでしょうか。探査機という機械ではありますが、感情移入して切ない気分になります。
「はやぶさ」の使命のひとつは、小惑星イトカワに赴き、イトカワで物質のサンプルを採取すること。ちなみに、イトカワという名前は、「日本の宇宙開発・ロケット開発の父」と言われる糸川英夫先生(1912~99年)にちなんで命名されました。
「はやぶさ」が持ち帰ったカプセルからいくつかの微粒子が見つかった、ということもニュースになりました。なぜ「はやぶさ」は燃えてしまったのにカプセルは無事なのか? それは、はやぶさは大気圏突入前に、カプセルを切り離して地球上に落としているからなのです。
さて、カプセル内にあった化学物質は地球を出る時から既にあったものなのか。それとも、もしくは過去に地球上に存在していた物質なのか、地球ではまだ存在し得ない新しい物質を持ち帰ったのか。いま、これを調査中です。このようにして、科学者たちは宇宙にある化学物質も探ろうとしているのです。
1日に1万種以上増え続ける地球上の化学物質。そして小惑星探査機を飛ばしてまで宇宙の化学物質を見つけようとすること。これが、いったい何の役に立つの?と言われたら、「すぐに役立つことはありません」と答えるしかありません。科学はまさに「生まれたばかりの赤ちゃん」と同じです。でも、科学者たちは知的好奇心と夢を抱いて、私たちのほとんど知らないところでこのような取り組みをしているのです。
米国化学会(アメリカ化学会)
1876年にアメリカで設立された世界最大の化学系学術団体。同会が発行する米国化学会誌(Journal of American Chemical Society,JACS)は化学界で最も権威のある雑誌の一つ。本部はワシントンD.C.にある。