実は、私たちが飲んでいるコーヒーの98~99%は水分で、残りの1~2%を楽しんでいると聞いたら、驚きますよね。今回はそんなコーヒーを科学の目で探ってみます。
コーヒーは食品の中でも、もっとも複雑な風味をもつと言われています。コーヒー豆に含まれる成分はまるで玉手箱。まだ完全には解明されていませんが、香りの成分のうち芳香族化合物 (aromatic compounds)だけでも、現在800種以上あることが、わかっています。その中には、ナッツ、花、フルーツ、キャラメル、チョコレート、シナモン、バニラ……など、多種多様の香りが含まれています。よくコーヒーの説明に「花の風味」「フルーティ」など見かけますよね。
このようにコーヒー豆は多くの成分を含んでいますが、あの重層的な味と香りは、より美味しく味わいたいという人々の知恵の賜物(たまもの)なのです。では、美味しいコーヒーを化学的に分析していきましょう。
(1)焙煎の化学
コーヒー豆は200℃前後で焙煎すると、豆に含まれている糖、フェノール性成分、たんぱく質などが分解されて互いに反応します。焙煎の初期段階では糖が分解されて、酢酸や乳酸などに変化します。焙煎度の低いものは浅煎り(シナモン・ローストなど)と呼ばれますが、浅煎りの酸味が強い理由は、糖が酸に変化したためです。そして、もとから豆に含まれる有機酸(クエン酸、リンゴ酸)に加わって更に酸味が強くなります。
焙煎が進むと、これらの酸と渋味のフェノール性成分が分解されるので、酸味と渋みが弱まります。それと同時にメイラード反応で苦味を持つ成分が生じるため、苦味は増します。焙煎度が高い深煎り(イタリアン・ローストなど)の苦味が強いのは、このような化学反応が起きているためです。そして焙煎がさらに進み、豆の色が濃くなるにつれて、コーヒー豆がもともと持っていた香りよりも、焙煎によって生まれたロースト臭が強くなっていきます。
(2)抽出の化学
豆には多種多様の成分が含まれていることは既に述べましたが、この中には味を損ねる成分もあります。ですから、おいしい成分だけを抽出する工夫が必要です。ちなみに、コーヒー全成分を抽出すると豆全体の約35%になります。しかし、抽出が過ぎると苦くて不快な味になってしまいます。また、コーヒー豆の成分の抽出が不十分でも、水っぽく酸味の強いコーヒーとなってしまいます。コーヒーは、豆全体の20%前後の成分を抽出するのがベストと言われます。そこで、挽(ひ)いたときの粒の荒さ、抽出の温度、抽出の時間などが重要になります。
コーヒー豆から成分をより多く抽出するためには、粉を細かくして接触面積を増やし、抽出時間を長くする工夫が必要です。また、コーヒー豆の種類にかかわらず、抽出温度は、85~93℃と高めの方がコーヒーの成分が溶けやすくなり、香りが強く、コクもしっかり出ます。
また、コーヒーを抽出する方法もいろいろあります。古くは、粉を直接お湯で沸騰させて、上澄みを飲むアラブ式です。でも、これは時間がたつと残ったコーヒーの粉から苦味が出てしまいます。そこで、18世紀ごろにフランスで抽出方法が洗練され、ドリップ式ポットが生まれました。そして、圧力をかけて成分を抽出するエスプレッソ方式が登場したのは、1855年のパリの万国博覧会のときです。私たちが普段から親しんでいるコーヒーの飲み方の歴史は意外に浅いと言えるでしょう。
(3)飲み方の化学
さて、コーヒーを飲む前に、もう少しだけ科学してみましょう。コーヒーの風味は飛びやすいので、淹(い)れたてを飲むのが一番。また、コーヒーの香りを一番際立たせるためにも60度前後が理想的な温度です。冷めないようにコーヒーメーカーのホットプレートの上で温めておくこともよくありますが、高温だと化学反応が進んで酸味が強くなってしまいます。また、香りが弱まって風味が変化するだけでなく、煮詰まってしまいます。ですから、加熱せずに耐熱の容器で保存するほうが良いでしょう。
そして、コーヒーと相性の良いミルク。カプチーノやカフェオレはまた格別の味わいです。コーヒーにミルクやクリームを入れると、乳たんぱく質がコーヒーに含まれるタンニンと結合して渋味が弱まります。しかし、同時にこの乳たんぱく質はコーヒーの芳香成分とも結合するので、香りも全体的に弱くなります。ですから、香りをダイレクトに楽しみたい場合には、ブラックコーヒーが一番と言えます。
このようにコーヒーを楽しむためには、多種の成分を含むコーヒー豆の焙煎、挽き方が工夫され、コーヒー成分を抽出する道具や淹れ方が様々に考案されてきました。コーヒーの裏側にある科学を知れば、一杯のコーヒーがもっと美味しいと思いませんか?
メイラード反応
糖とたんぱく質(アミノ酸)が化学反応することで、褐色物質(メラノイジン)を生み出すこと。一般に物質の化学反応には酵素が関与するが、メイラード反応では酵素が関与しない。褐色反応とも呼ばれる。