米の主成分はデンプンです。米を「ご飯」に変身させるためには「炊く」、つまり水を加えて加熱するという作業が必要です。これを「デンプンの糊化(こか)」といい、この状態のデンプンを「αデンプン」と呼びます。αデンプンは美味しく、消化されやすいけれど、腐りやすいという性質があります。一方、糊化する前のデンプンを「βデンプン」といいます。βデンプンは腐りにくいけれど、消化されにくく、美味しくないという特徴があります。つまり、αデンプンは食用向きで、βデンプンは保存向きというわけです。
しかし、βデンプンも味について諦める必要はありません。というのも、水を加えて、加熱するとαデンプンに変化するからです。身近な例を挙げると、生米、生のイモ、うどん粉、小麦粉はすべてβデンプンの状態です。しかし、これらを炊いたり、煮たり、焼いたりすることで、αデンプンに変化し、それを私たちは食べているのです。未加熱状態では保存することができ、加熱すると美味しく食べることができるのですから、βデンプンも優等生です。
では、βデンプンを加熱してαデンプンに変化させたものを放置するとどうなると思いますか? 実は、時間がたつとαデンプンはβデンプンに戻ってしまいます。これが冷たくなり、固くてパサパサになったご飯の状態で、「老化」という現象です。パンも全く同じ原理で、焼きたてはおいしいですが、時間がたつとどんどん味が落ちていきます。しかし、ご飯を電子レンジにかけたり、パンをトーストしたりすることで、再びαデンプンに戻すことができます。加熱することで元に戻るとは、デンプンの老化は羨ましいですね。
しかし、冷めてもさほど味が落ちずに美味しくいただける不思議な米もあることは知っていますか? それは赤飯です。では、ここでデンプンの構造を科学することで、赤飯が冷めても美味しい理由を探ってみましょう。
デンプンには、「アミロース」と「アミロペクチン」の2種類があり、その構造が異なっています。普段、私たちが食卓でいただく白いご飯は「うるち米」という米を炊いたものです。うるち米は約20%がアミロース、残りがアミロペクチンです。アミロースは炊くとαデンプンになりますが、冷めるとβデンプンに戻りやすい性質があります。ですから、全体の2割をアミロースが占めているうるち米は冷めるとまずくなりやすいのです。
一方、赤飯はもち米を蒸して作りますが、もち米はほとんどがアミロペクチンでできています。アミロペクチンはβデンプンに戻りにくい、つまり老化しにくい性質があります。ですから、赤飯は時間がたっても、αデンプンがそのまま多く保たれているので、冷めても美味しいのです。このように、アミロースとアミロペクチンは同じデンプンではありますが、分子の構造が違っています。ちなみに、アミロペクチンはアミロースに比べ、粘りの強い性質を持っています。ですから、アミロペクチンが主成分であるもち米を蒸してつくと、餅になるのです。
このように日本の食卓には欠かせない主食のご飯ですが、そこにはさまざまな科学が秘められています。
最後に面白い話を一つ。標高の高い山では、ご飯を美味しく炊くのはあきらめましょう。高い山は平地(1気圧)よりも気圧が低いため、水は100度よりも低い温度で沸騰してしまいます。例えば、富士山の頂上は約0.6気圧であるため、およそ90度で水が沸騰してしまいます。米のデンプンの場合、95度以上にならないとαデンプンに変化しないので、美味しいご飯が炊けないのです。