日本では、かつて性感染症は「性病」と呼ばれ、1948年に施行された「性病予防法」により「淋病」「梅毒(ばいどく)」「軟性下疳(げかん)」「鼠径(そけい)リンパ肉芽腫(にくげしゅ)」が性病に指定されていました。しかし、この4つ以外にも多くの病気が性行為によって感染することが明らかとなり、現在では「性感染症」と呼ばれています。1998年には性感染症を含む感染症対策として「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」(感染症法)という新たな法律が制定され、性病予防法はその翌年に廃止となりました。
世界的にもWHO(世界保健機関)は1975年に“VD=Venereal Diseases(性病)”を改めて“STD=Sexually Transmitted Diseases(性的行為によって感染する疾病)”という言葉を提唱。1998年以降は性感染症の概念をさらに拡大した“STIs=Sexually Transmitted Infections(性的行為による感染症)”という用語を推奨しています。
性感染症とされている主な病気は、「梅毒」「淋菌(りんきん)感染症」「性器クラミジア感染症」「性器ヘルペス」「尖圭(せんけい)コンジローマ」「腟(ちつ)トリコモナス症」「ケジラミ症」「性器カンジダ症」「HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染症/エイズ(AIDS、後天性免疫不全症候群)」「A型肝炎」「B型肝炎」「C型肝炎」などです。また、HPV(ヒトパピローマウイルス)は主に性的行為によって感染し、尖圭コンジローマや子宮頸がん、中咽頭がん、肛門がん、陰茎がんの原因になります。
性感染症の中には、妊娠中に母親から胎児に感染し、先天性の障害や流産・死産の原因になるものもあります。また、何らかの性感染症にかかっている人のHIV感染リスクは、数倍高まることもわかっています。これらのリスクを減らすためにも、多くの人が性感染症について正しい理解を持つことが求められます。
増えている性感染症
感染症法では、特定の性感染症の患者を診察した医療機関には、保健所に届け出る義務があると定められています。しかし、感染したことに気づかず、受診に至らないケースも多いと思われることから、統計で出ている数字はいわば氷山の一角です。
最も感染者数が多いのは性器クラミジア感染症ですが、最近急増しているのは梅毒です。梅毒は1940年代にペニシリン(抗生剤)が登場するまでは感染者が非常に多く、1948年には日本で約22万人も報告されていました。その後、一時期は「昔の病気」「幽霊病」と言われるほどになり、年間の新規感染者数は1997年には500人近くまで減っていたのですが、2011年から増加傾向に転じました。2018年には約7000人にまで上り、2021年は11月の時点で前年度の数字を上回っています。特に20代前半をピークに若い女性の感染が目立ち、男性では20~40代で増えている他、大都市圏だけではなく地方にも感染が拡大しているのも特徴です。
インバウンドで多くの外国人が来日したことと関係があるのではないかとも言われたこともありますが、外国人の渡航が制限されたコロナ禍にあっても増えています。マッチングアプリやSNSの普及が関与しているという説もあります。いずれにしても、梅毒急増のはっきりした理由はまだわかっていません。
HIV/エイズにも注意が必要で、日本は先進国で唯一エイズ患者が増えている国です。1985年以降毎年発表されている厚生労働省の「国内のエイズ発生動向」は、エイズを発症する前の「HIV感染者」と、既にエイズを発症している「エイズ患者」に分けて新規感染者数を報告しています。この区分は、HIVに感染しても自覚症状がない状態が数年から10年以上続き、その後にエイズを発症するというHIV/エイズの特性によります。
2020年の新規報告数ではHIV感染者は750(男性712、女性18)、エイズ患者345(男性328、女性17)となり、どちらも前年度より大幅に減少しましたが、新規エイズ患者(何年も感染に気づかず、検査したときにはエイズを発症していたという、いわゆる「いきなりエイズ」患者)が占める割合は31.5%と前年の26.9%より増加しています。
HIV/エイズは「男性同性愛者の病気」という世間の思い込みがあります。日本では多くの感染者が男性ですが、同性愛者とは限りません。また、世界全体ではHIV陽性者の約半数は女性です。「自分は異性愛者だからかからない」「女性だから大丈夫」と油断するのは禁物と言えます。
近年の懸念は、性感染症、特に淋菌の薬剤耐性が急速に増加し、治療法の選択肢が減少していることです。発見が遅れれば遅れるほど、治療に時間がかかります。予防と迅速な治療がますます重要となっているのです。
性感染症を予防するには
性感染症の予防には、コンドームが有効です。