つけ加えておけば、「セクハラ」「パワハラ」「SOGIハラ」といった概念は、それぞれ行為の異なる側面に着目したものなので、必ずしも相対立するわけではありません。「会社で強い立場にある人が性的マイノリティの部下などに対してセックスに関連する言葉で罵る」といったケースは、上の3種類のハラスメントが同時に行われています。
Q3:他人のセクシュアリティを他言する「アウティング」も、SOGIハラの一種でしょうか。アウティングがなぜ、どんな点で問題なのかもお教えください。
まず、当人が自分の意志で自分の性的指向について公言することを「カミングアウト」と言います。これとは違って、他人が隠している性的指向について、本人の許しを得ずに世間に暴露することを「アウティング」と呼びます。カミングアウトと同様に、アウティングという言葉も最近は意味が広がって、他人の秘密を本人の許可なしに他の人に伝えること、とりわけ対世間的に本人の不利益になるような情報を広める行為一般を指すこともありますが、もともとは他人がレズビアンやゲイであることの暴露を意味する言葉、つまり同性愛者が社会の中で生きていくことにつきまとう特有の困難を表す言葉であることは忘れないでいたいと思います。
典型的なアウティングは、同性愛者が好きになった相手に告白したり、信頼する友人にカミングアウトしたりしたところ、相手がそのことを周囲の人々に勝手に言いふらすというパターンです。この言葉が広く知られるきっかけになった一橋大学での事件もこのパターンにあてはまるものでした。ここにはアウティングの問題性が何重にも折り込まれています。
そもそもの大前提として、他人の秘密を勝手に暴き立てるということは、政治家の汚職について報道するといった公共性のある正当な理由がない限り、私人間のモラルとして許されることではありません。とりわけ、せっかく自分を特別に信頼して真実を打ち明けてくれた人に対してそうした攻撃を返すことは、無関係の他人からの噂などよりはるかに深く相手を傷つけるのだから、下衆なふるまいだと責められても仕方ないでしょう。
しかも同性愛のアウティングには、そうした男女間の恋愛関係などにも起こりうるようなモラルや気持ちの問題に加えて、相手を勤め先に居づらくさせたり、家族とのトラブルを引き起こしたり、地域に住みにくくさせたりすることで、その人の社会生活の基盤を、さらには生存そのものを脅かす暴力性があるのですから、単なるモラルの問題には収まりません。法的にも他人に損害を与える行為として理解すべきだと思います。
Q4:法務省の人権冊子から「性自認」「性的指向」等の言葉がなくなったという報道がありました(*1)。背景には、自民党保守派議員の誤解に基づく主張があるとしていますが、なぜこうした誤解が生まれるのでしょうか。
SOGIやジェンダー平等に関わる人権保障に反対する自民党保守派議員たちは、「誤解」をしているというよりも、そもそも「理解」をするつもりなど全くないのだと思います。こんな言い方をすると、政治家に対する偏見だと言われるかもしれませんが、少なくともこの件についてはそう言わざるをえません。
20年ほど前に自民党の参議院議員として選択的夫婦別姓の実現のために尽力された法律家の佐々木知子さんが、最近のインタビューで当時の経験を語っています(*2)。法案を国会に提出するために自民党の部会で説明すると、ものすごいヤジが飛んでくる。事務所には「国体が維持できなくなる」「家族解体につながる」「左翼」「非国民」等々の文句を連ねた非難のFAXが1000通以上届き、反対する団体のメンバーに待ち伏せされる。国会で意見を戦わせる機会すら与えられず、自民党の内部で法案自体をつぶされてしまったと。
そうした経験から佐々木さんは次のように仰っています。
「最大のハードルは、反対派が『理屈じゃない』ところです。国体だとか、左翼だとか、日本の醇風美俗(じゅんぷうびぞく)だとか、理論がないから話し合いにならない。ただただ、とりつく島がないのです。夫婦別姓に反対する団体の支援を受けている議員は、個人の思いはともかく、賛成はできないのでしょう」
これは20年前の話ですが、現在に至っても夫婦別姓が実現していないのは、そうした人たちが根強く力をもっているからでしょう。その背景に、極右的な政治思想をもつ新興宗教団体と日本の保守派政治家たちとの密接な結びつきがあったことも明らかになってきましたね。ご指摘の法務省の冊子の件だけでなく、1990年代以降の性教育バッシングやジェンダー平等教育への弾圧も、以上のような共通の政治的バックグラウンドをもつ人たちによる動きでした。
つい最近成立した「LGBT理解増進法」にも同様の背景がかかわっています。差別禁止法ではなく理解増進法という理念法にとどまったため、たとえば学校で孤立したり暴力にさらされがちなLGBTの児童・生徒たちを守る義務が規定されていないことなど、実効性の低い法律になってしまいました。しかもその一方で、「全ての国民が安心して暮らせるよう留意する」という思わせぶりな文言を入れたのはなぜなのか。その内容自体は誰もが正しいと認めるようなものですが、それをことさらLGBT関連の法律だけに入れるのはおかしい。これでは、LGBTの地位向上を図ることが他の「国民」を危険にさらすという暗黙のメッセージになってしまい、法律の趣旨そのものと矛盾しています。
一橋大学での事件
2015年8月、一橋大学法科大学院に在籍する男子学生が学舎から転落し、亡くなった事件。転落事件の2カ月前、同級生の一人が、男子学生が同性愛者であることを同級生グループに向けて暴露(アウティング)していたことが判明している。
(*1)
「毎日新聞」2023年3月7日、「法務省の人権冊子から消えた「性自認」の文字 その裏にある誤解」https://mainichi.jp/articles/20230307/k00/00m/040/009000c
(*2)
「朝日新聞デジタル」2023年6月7日、「(リレーおぴにおん)長すぎる:3 夫婦別姓、「理屈なき」反対派の壁 佐々木知子さん」https://www.asahi.com/articles/DA3S15656041.html