それがSRHRなのです」
世界では、SRHRは社会が真剣に取り組むべき重要な課題と受け止められている。たとえば国連人口基金は、国際社会が協働して取り組むSDGs(2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標)において、貧困の撲滅、健康と福祉、質の高い教育、ジェンダー平等、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)と経済成長など多岐にわたる目標にSRHRが関係すると述べている。SRHRの重要性は、WHOのテドロス事務局長が、「新型コロナウイルスの流行によって医療機関が逼迫する状況においても、性と生殖の健康における女性の選択と権利は尊重されなければならない」との声明を出していることでも明らかだ。しかし、コロナ禍の中、多くの国や地域でSRHRは深刻な状況に陥っており、2020年4月、国連人口基金はロックダウンが今後3カ月続けば避妊の手段を得られない女性が全世界で200万人に及び、さらにロックダウンが半年に伸びれば望まない妊娠が通常より700万件増える、と警告した。こうした状況は、日本もけっして例外ではない。早乙女医師は「日本では特に『ライツ』(権利)の部分がいまだ確立されていません。コロナ禍は日本のSRHRのどの部分に手が届いていないのか、明らかにしたのではないでしょうか」と指摘する。
「女性にとって、月経、避妊、不妊治療、妊娠、人工妊娠中絶、出産、産後の『困りごと』はどれも急を要するものです。しかしコロナ禍で生活が一変する中、国内での動きが少なかったこともあり、私たち『性と健康を考える女性専門家の会』は他団体と一緒に、ステイホーム中でも利用できるピルや緊急避妊薬も含むオンライン処方の周知の呼びかけを行いました(https://pwcsh.or.jp/news/20200430.html)。文書の中では、ネットで対象施設を検索できるシステムや妊娠SOS相談窓口もQRコードを添えて紹介していますので、ぜひご覧いただきたいと思います」
コロナ禍で10代少女からの妊娠相談急増!
「自粛」「緊急事態宣言」といった言葉が飛び交い、全国で小中高校の休校措置が取られた2020年3月以降、「特に10代からの妊娠・避妊に関する相談件数が急増した」と語るのは、SRHRの啓発活動に取り組むNPO法人「ピルコン」理事長の染矢明日香さんだ。ピルコンでは、若者の目線に立ちながらSNSやインターネットを活用した情報提供や相談事業を行っているが、月あたりの10代からのメール相談件数は2020年2月までは多くて62件だったのに対し、3月、4月は100件近くに上った。相談者の8割は女性で、相談内容の多くを占める妊娠・避妊に関する相談件数においても、10代からのものが2倍以上に増加し、同様の傾向はピルコン以外の妊娠相談活動においても見られるという。
10代からの妊娠相談が増加した背景には、「休校によって、仕事等で親が不在の家に子どもだけで過ごす時間が増え、性交渉の機会が増えた他、今まで抱えていた悩みについて検索や相談をする時間ができた可能性が考えられます」と染矢さんは話す。
メール相談は5月に入りやや減少したが、一方で、チャットボット(AIによる自動応答システム)で避妊や妊娠検査、相談先などの情報を得られる「ピルコンにんしんカモ相談」へのメッセージ送付件数は5月に1万1000件以上と前月比で倍増したという。「ピルコンにんしんカモ相談」の利用者は4月に1万人を超え、このうち10代が2割超、20代が6割超を占めている。
「年代にかかわらず、新型コロナウイルス感染が拡大する状況での精神的不安やストレス、生活リズムの乱れ等の影響がうかがえるケースが目立ちました。また、コロナ禍でバイトが休みになるなど経済的に苦しくなり妊娠検査薬やピルが買えない、新型コロナウイルス感染の不安から婦人科の受診をためらうといった相談も寄せられています。同意のない性行為、避妊をしない性行為、避妊の同意を取らない上で行われる性行為はいずれも性暴力につながるということをきちんと知らないまま、本当はしたくないのにセックスに応じている子も少なくありませんし、中には深刻な性暴力被害を受けている相談者もいます」
中絶という選択肢は現実に機能しているのか
避妊がかなわず、望まない妊娠をした未成年の少女が「産まない」選択をするとき、最初にぶつかるのが親との関係だ。「思いがけない妊娠で悩む子たちには、親との関係性が悪かったり、虐待を受けていたりするケースもあり、『親に相談できない』という声は非常に多い」という(染矢さん)。妊娠の事実を親に打ち明けられないまま、人工中絶手術が可能な時期(妊娠22週未満)を過ぎてしまうということも起こり得る。
「中絶の要件を定めた母体保護法は未成年の中絶に保護者の同意が必要とは明記されていません。ただ麻酔を使う手術になるので、実際には医療機関から保護者の同意が求められるケースが多く、また費用のこともあって、親に言わずに中絶することは難しいのが現実です。
相談機関に寄せられた件数は氷山の一角で、実際にはもっと大勢の若い世代が悩みを抱えているはず」と懸念する。「ピルコンにメールで相談できる子は自分で情報を取得し、自分の状況を言葉で説明できる力があると言えますが、そういう子はほんの一握りでしょう。本当にどこにでもいる普通の子が誰にも相談できずに性の悩みを抱えているかもしれない、ということを無視してはいけないと思っています。
母体保護法
旧「優生保護法」〈1948年公布〉にかわり、母体の生命と健康を保護することを目的として1996年に制定された法律。一定の条件をそなえた場合には不妊手術または人工妊娠中絶を認めている。