たとえばLINEなどを使い、若い世代が相談しやすい仕組みを整えないといけませんし、そこから必要に応じて医療機関につなげていく方法をさらに増やすべきでしょう」
実際に、産婦人科に行くことについての心理的抵抗が強いという問題もある。「産婦人科は『妊婦が行くところ』というイメージが強く、それだけで若い女性にとっては敷居が高くなってしまいます。また、周囲も無理解から『遊んでいる』という偏見の目を向けがちです」と染矢さんは言う。「若者が自分の体や性についての悩みを相談できるユースクリニックのような医療機関も、日本ではまだまだ不足しています。さらに、コロナ禍でステイホームが求められる中、家庭内暴力(DV)などによって家が危険な場所になっているというケースも少なくありません。家にいられず、一見優しげな男性についていったら、性暴力の被害に遭ってしまうという例も頻発しており、今のような状況だからこそ、安心して過ごせる避難先の充実が一層求められています」
「オーラルセックスで妊娠したかも」――学校では正しい知識が身につかない
ネットに大量の性情報があふれる時代であっても、「必要な知識や情報が必ずしも届いているとは限らない」と染矢さんは言う。
「ピルコンに寄せられた10代からの妊娠や避妊に関するメール相談のうち、59%が性交後72時間が経過していました。避妊が十分でなかった性交での妊娠を避ける方法として緊急避妊薬というものがあるのですが、性交後72時間以内に服用しなければ高い避妊効果は期待できません。そのことを知らない相談者が多いということがうかがえますし、妊娠検査や避妊についての知識も乏しい傾向があります。その他、『下着をつけたまま抱き合ったけど、妊娠していないか』『オーラルセックスをした後生理が遅れ、妊娠が心配』など、受精の仕組み自体を知らないと思われる相談内容も約16%ありました。たとえばネットで検索して、妊娠初期症状として体のだるさやお腹の痛みがあると出てくると、『やっぱり妊娠したのかな』と短絡的に思ってしまう子もいるのかもしれません」
学習指導要領では「受精に至るまでの過程は扱わない」と定められていることもあり、日本の性教育では性交や避妊、中絶について適切で十分な学びが得られにくい。例年、学年末は外部講師による性教育講座が行われる時期でもあるが、突然の休校措置により、それらは軒並みキャンセルを余儀なくされた。生徒たちにとっては、性をめぐる正しい知識や理解を得られる貴重な機会が失われた可能性があると言えるだろう。
「コロナ禍で10代の少女たちからの妊娠相談が増えたという報道に対し、『自己責任だ』という反応も少なくありませんでした。でも、性行為や妊娠は相手あってのことなのに、なぜ女性だけが『ふしだらだ』『遊んでいる』と責められ、責任を問われるのでしょうか。受診した婦人科で『自分の身は自分で守らないと』と言われたという声も聞きますが、彼女たちは自分の身の守り方も、守るためにはどういう選択肢があるかということも教えられていません。そんな状況におかれた彼女たちが、どうやって自分を守れるというのでしょうか」と染矢さんは憤る。
あまりにも高すぎる緊急避妊薬のハードル
ピルコンが2016年に高校生を対象に行った調査では、「72時間以内の服用で効果的な緊急避妊薬があるかどうか」という問いについて68%が「わからない」、21%が「知っている」、11%が間違った情報であると答えるという結果となった。ただでさえ「知っている」が少数派なのに、知識があればそれで望まない妊娠を防げるかといえば、それはまた別の話だ。
「十分な避妊ができず、妊娠を避けたいとなったとき、緊急避妊薬を飲もうと思っても、様々なハードルが存在します」と染矢さんは説明する。
「まず、日本で緊急避妊薬を入手する場合、病院を受診し、処方箋を出してもらうことが必要です。といっても、すべての医療機関で緊急避妊薬の処方が可能ということではなく、また医師の処方箋を持っていっても、薬局によっては在庫がなく、取り寄せないといけない場合もあります」
ちなみに、厚生労働省は各都道府県で緊急避妊薬を処方している医療機関のリストを公開しているものの、記載がない県もある。
「学校や仕事の関係で、病院が開いている時間に受診できない場合もありますし、休日や夜間には診察を受けられない、住んでいる場所によっては医療機関自体が近くにないという問題も発生します。総合病院では受診まで数時間待ちということも珍しくありません。緊急避妊薬は72時間以内に服用すれば確実に妊娠しないというものではなく、24時間以内の服用なら妊娠阻止率95%ですが、25~48時間以内で85%、48~72時間以内で58%にまで下がってしまいます。こうしたタイムリミットがある中で医療機関にアクセスできないとなれば、緊急避妊薬という選択肢自体が失われてしまうのです」
オンラインで診療を受け付ける医療機関も存在するが、その場合、受診料や薬代の決済がクレジットカードのみであることが多い。大学生ならまだしも、中高生で自分で使えるクレジットカードを保有しているケースはほとんどないだろう。
それに加え、緊急避妊薬のコストも大きな負担となる。
母体保護法
旧「優生保護法」〈1948年公布〉にかわり、母体の生命と健康を保護することを目的として1996年に制定された法律。一定の条件をそなえた場合には不妊手術または人工妊娠中絶を認めている。