日本では初診料・調剤料・薬代で合計約6000〜2万円かかり、もちろん保険は適用されない(性暴力被害の場合、ワンストップ支援センターや警察に届け出れば公費負担)。ドラッグストアで数百円で買える妊娠検査薬でさえお金がなくて買えないという声もある中、高額な緊急避妊薬はそれこそ手が届かないものとなってしまうだろう。
WHOは緊急避妊について「意図しない妊娠のリスクを抱えたすべての女性および少女には、緊急避妊にアクセスする権利があり、緊急避妊の複数の手段は、国内のあらゆる家族計画プログラムに常に含まれなければならない」と勧告しているが、日本では、緊急避妊薬は本当に「緊急」を要するときであっても非常に使い難いと言わざるを得ない。なぜ緊急避妊薬はこれほど入手が困難なのだろうか。
ひとつには、医療者からの反対意見が根強いのだと染矢さんは言う。「2017年の緊急避妊薬のスイッチOTCの検討会では否決理由として『悪用や濫用が懸念される』という声も上がっていますが、WHOも『緊急避妊へのアクセスが良くなることで性的リスク行動は増加しない』と明言しています。また、たとえ頻繁に緊急避妊薬を利用する女性がいたとしても、『安易に使っている』と非難されるようなことなのでしょうか。それこそ女性ばかりが責められるべき問題ではありませんし、そもそもなぜ緊急避妊薬が必要なのかは、処方には無関係です」
実は、海外の多くの国々で、緊急避妊薬は薬局で処方箋なしで買うことができ、値段も安い。緊急避妊薬はWHOの必須医薬品リストにも入っている他、「思春期を含むすべての女性が安全に使用できる薬であり、医学的管理下におく必要はない」であるとされている。そのような中、緊急避妊薬を使うために様々なハードルを越えなければならない日本は非常に特殊であると言えるだろう。
ガラパゴス状態の日本
SRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ)について十分な教育も受けられず、妊娠の不安にさらされる若い世代の悩みを受け止めているのは、ほとんどが民間団体だ。コロナ禍のような緊急事態であっても「守られるべき」はずの女性のSRHRだが、避妊や中絶の選択に対しては行政からの支援の手はほとんど伸びていないのが現状だという。
「日本のSRHRは本当にガラパゴス状態です」と染矢さんは訴える。「その中にいると、つい『そういうものだ』とあきらめ、自分を責めてしまう女性もたくさんいるでしょう。でも世界に目をむければ、日本の状況はけっしてあたりまえではありません。たとえば、日本では中絶をするときにパートナーの同意が求められますが、妊娠は女性の体に起こることなのに相手の男性が決定権を持っているのは不平等だと思います。自分の体のことについては自分で決めるという価値観が、もっと社会に浸透していくことが必要ではないでしょうか」
染矢さんは他の団体と協働して、特に切迫したニーズがある緊急避妊薬のアクセス改善を政府に要望し、関連学会にも声を届けていくことも検討している。
(「〈後編〉~もしも妊娠中にコロナにかかったら!? 産むことへの不安に産婦人科医が答える」に続く)
母体保護法
旧「優生保護法」〈1948年公布〉にかわり、母体の生命と健康を保護することを目的として1996年に制定された法律。一定の条件をそなえた場合には不妊手術または人工妊娠中絶を認めている。