また、最近「ソロセックス」とも呼ばれるマスターベーション(オナニー、自慰)は、本来は性別問わず行われるものですが、やはり「挿入・射精」を前提とする男性用の器具が、女性用の器具に比べはるかに数多く開発されてきました。これも、やはりジェンダー化の影響だと思います。このままいつまでも男性主体のセックスの定義のままでよいのか、考えるべきではないでしょうか。
コロナ禍で見直される「親密な関係」
生殖に必須でなくなったという時点で、リアルなセックスは私たち現代人にとって「してもしなくてもいい」、いわば人生における「オプション」と化した感があります。それをさらに加速させたのはコロナ禍です。ステイホームを余儀なくされ、外出の機会が制限される中で、さまざまなことがオンラインで行われるようになりました。また、相手と密接にならざるを得ないセックスという行為にはコロナウイルスへの感染リスクを高める要素が多々ありますから、気軽に誰かとセックスすることはかなりハードルが高くなっていると言えるでしょう。
ニューヨーク市などでは感染リスクを低くするために、マスクを着用してのセックスが推奨されています。もちろん、セックスワーカーの方にとっては感染対策の一環としてマスクの着用が必要になるでしょうし、あるいはマスクを着けてでもいろいろな人とセックスしたいという人もいるとは思います。ただ、セックスという行為が互いの親密さを高め合うものだとすれば、マスク必須のセックスははたして親密と呼べるのかと、私は疑問に思います。
●新型コロナウイルスの感染経路について知ろう
・新型コロナウイルスは主に患者の唾液、粘液、呼気を通じて感染する
・新型コロナウイルスは患者の精液、糞便からも検出されている
・腟性交、アナルセックスで新型コロナウイルスに感染する可能性についてはまだわかっていない
・新型ではないコロナウイルスに関しては、セックスでは感染しにくいことがわかっている
●セックスする場合に注意すること
・キスは感染しやすいので避けること
・舌を肛門に入れる行為(リミング)で感染する可能性がある
・マスクを着用すること
・オーラルセックス、アナルセックスにあたっては、コンドームやデンタルダム(オーラルセックス用の薄いラテックスシート)を使用することで唾液、精液、便との接触を軽減できる
・セックスの前後に20秒以上石鹸で手を洗うこと。セックストイもよく洗うこと
(ニューヨーク市保健局「Safer Sex and Covid-19」より抜粋、イミダス編集部訳)
キスのリスクを避けるという点については、日本では「コンドームの達人」として長年、性教育に携わっている泌尿器科医の岩室紳也先生が「ディープキスは避ける、キスの前後で何か飲む、うがいをする」といったことも提唱しています。
親密な間柄とはどのようなものかという線引きは個人が決めることだとしても、ひとつの回答としては、「この人からなら感染しても後悔しない」と思えるかどうか、ということになるのではないでしょうか。風邪、性感染症、コロナウイルス……感染することによる深刻さや、感染したあとの責任の重さはさまざまです。それらを重々考え、お互いに不調がないと確認したうえで「万が一、感染しても後悔しない、責任はとる」と思えるなら、マスクを着けずにセックスする選択肢もあるでしょうし、「感染は嫌」と思うなら、セックスはやめておけばいい。コロナ禍においてリアルなセックスをするかどうか考えることは、お互いの親密さと信頼度をもう一度見つめる機会になると思います。
単に快楽を求めるだけなら、「ソロセックス」をする方がよほど簡単だということになるでしょう。「ソロセックス」のバリエーションとして、誰かと電話やインターネットでつながりながら、それぞれが「ソロセックス」をする、「テレフォンセックス」「オンラインセックス」もあります。リアルなセックスで得られる快感と「ソロセックス」の快感が同じかどうかは難しいところですが、「ソロセックス」は必ずしもリアルなセックスを補完するものではなく、むしろ「ソロセックス」の快感が基本形と言えるかもしれません。現実問題として、コロナ禍でリアルなセックスが難しい中、「ソロセックス」と、リアルなセックスの機会の比率は逆転せざるを得ないでしょう。少なくともコロナ禍が落ち着くまではその状況は続くのではないでしょうか。
「ソロセックス」は自分で自分を癒すわけですから、必ずしも「どこかに挿入して射精」しなくてもよくなったと言えます。つまり、「ソロセックス」が優位に立ったコロナの時代において、「挿入・射精」を前提とする従来のセックスの定義は完全に時代遅れになってしまったと私は考えています。
「セクシュアル・プレジャー宣言」が謳う「セックス」で一番大事なこと
実はコロナ禍の約1年前にも、「セックス」の定義を覆す出来事がありました。私が学術委員を務めるWAS(World Association for Sexual Health、性の健康世界学会)はWHO(世界保健機関) とも協働する国際的学術団体で、2019年にSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ 性と生殖に関する健康と権利)に「プレジャー」という概念を追加した「セクシュアル・プレジャー宣言」を表明しました。この宣言では「セクシュアル・プレジャー(快感・快楽・悦び・楽しさ)とは、他者との又は個人単独のエロティックな経験から生じる身体的および/または心理的な満足感と楽しさのことであり、そうした経験には思考、空想、夢、情動や感情が含まれる」と謳われています。つまり、セクシュアル・プレジャーは、他者と分かち合うことができる一方で、自分ひとりでも満たすことができるものであり、大事なことは挿入や射精ではなく、セクシュアル・プレジャーを得られるかどうか、ということなんですね。
そう考えると、従来型のセックスはセクシュアル・プレジャーを得るための選択肢のひとつに過ぎないということになるでしょう。他者とのセックスが気持ちよくなくてもソロセックスで満足できるなら、無理にセックスをしなくてもいいわけです。