確かに時間がかかる検査もありますので、出生届の提出期限に間に合わないときは、医師の診断書を添えれば、性別を判定してから後追いで届け出ることができますし、一旦提出された出生届の性別を訂正することも可能です。ただし、修正したことが戸籍に記載されるという問題がありますので、医療関係者は各種検査の結果ができるだけ早くわかるよう、出生後14日以内に結論を出すべく尽力しています。
生まれた子の性別がすぐにはわからないというのは保護者にとって大変な心理的負担です。だからこそ医療機関では社会的な緊急疾患として可能な限り迅速に対応します。そして、保護者の負担を軽減するためにも、「性別は必ず判断されうること」を伝えます。出生時の外性器の見た目では判断がつかないとき、医療関係者は「男か女かわからない」「不完全」「異常」等のネガティブな言葉をけっして使ってはなりません。また、さまざまな観点から議論を尽くす前に、「たぶん男の子でしょう」「女の子でしょう」などと安易に言うことも避けるべきです。適切な説明としては、「外性器の成熟が遅れているので、性別が判断できるまで少し時間をください」のような表現がいいのではないかと思います。
科学的な判断をするということはもちろんですが、非典型的なからだの状態で生まれてきた子どもを受け入れ、愛情をもって育てることができるよう、医療者は保護者に寄り添うということも大変重要です。
保護者の受容は、DSD当事者が自分自身のからだの状態を理解し、受け入れていく上でもきわめて大切と言えます。保護者の気持ちが落ち着き、お子さんがDSDをもっていることを受け入れられるようになった段階で、今後必要になる治療の説明や、今回判定した性別は将来本人の意思で変えられるということを、丁寧に伝えていきます。我々の説明を聞いて一度は納得されても、ネットの情報などを見て混乱される方もいらっしゃいますので、繰り返し、科学的に正確な情報を伝えていくことが重要です。
DSDの治療と心理面でのフォロー
――DSDが判明するきっかけやタイミングについて詳しく教えてください。
最近では出生前診断が一般的になったことで、染色体核型は「46,XY」という検査結果が出ていたのに、生まれてきたら外性器が女性型だったということでみつかるケースも一定数あります。また、出生時の外性器のかたちで性別を決めたけれども、乳児期から小児期にかけてDSDだと判明することもあります。その代表的な例は、鼠径(そけい)ヘルニアと診断された女児の手術中に精巣があることが発見されるパターンです。この場合、「女児なのだから精巣を除去する」ではなく、一度手術を中断し、改めて性別判断の検査を行うことが必要になります。一度戸籍に記載した性別が訂正されるかもしれないという状況が、当事者やご家族にとって大変な精神的負担であることに医療者は配慮し、もし性別を訂正することになったときは、医療ソーシャルワーカーが手続きなどの支援をするのはもちろん、心理面でもサポートしていく必要があります。
「完全型AIS」のところでも述べたように、思春期以降の無月経など第二次性徴が起こらないことや、「生まれの性別」とは異なるからだの変化をきっかけに受診し、DSDをもっていることがわかるケースも見られます。この時期の対応として特筆しなければならないのは、本人の同意なく治療を進めないということです。思春期特有の心理状態も十分に考慮しつつ、丁寧かつ慎重に、正確な情報を伝え、本人が自分のからだの状態を受け入れられるよう、フォローしていきます。
成人となってからは、不妊治療がきっかけとなってDSDがわかることもあります。ただ、こうしたケースはDSDというより不妊症と捉えられているのではないかと思います。もちろん、個々の症状によっても変わってくることではあるのですが、DSDは妊孕性という点で困難を抱える可能性が大きいという傾向があります。男性のDSDの場合は、精巣の形成や男性ホルモンの分泌が十分でないことなどで起こる造精機能障害が不妊症の原因となります。
一方、女性のDSDでは子宮や卵巣、腟(ちつ)が欠損していることなどが原因で不妊となります。近年の生殖医療技術の進歩により、妊娠が可能になるケースも見られはじめていますが、子宮移植等、日本ではまだ一般的に普及していない技術もあります。妊孕性の有無によって恋愛や結婚をあきらめたりすることがないよう、やはり丁寧な情報提供を行っていくことが大切です。
――外性器等の手術を行うのはどのようなケースでしょうか。また、手術以外に治療が必要になることもありますか。
たとえば一般的な女性型の外性器ではないケースで女児と判定した場合には、陰核や陰唇を形成するなど、女性の外性器に整えるべく手術を行うことがあります。その他、腟の発達が十分でない女性は、性交渉や経腟分娩が可能な腟を形成する手術を必要とすることもあります。
また、今ある外性器をできる限り残すというのも選択肢のひとつです。一度取ってしまったものを完全に元に戻すことはできないからです。
外性器を整える以外では、発生の過程で腹腔内にあった精巣が陰嚢(いんのう)内に降りきっていない「停留精巣」のケースは、妊孕性に影響も出るため、早めに手術をした方がよいと言われています。
これらの手術は簡単というわけではありませんが、手術方法は進歩しており、経験豊富な医師が行えばあまり心配することはありません。
内科的治療ということでは、乳幼児期や思春期の適切な時期に、男性ホルモンや女性ホルモンの補充療法を行うこともあります。ただ、原則としては、DSDをもっていることは発達や運動機能に影響しませんし、注意が必要な合併症などのフォローが必要なケースを除けば、特別な治療は必要ないと言えます。