加害者は「知らないおじさん」より「身近な人」
――「知らないおじさんについていってはいけない」と言い聞かせている家庭も多いのではないかと思います。「知らないおじさん」に対する子どもたちの警戒度が上がることで、性被害を防ぐことはできるでしょうか。
「知らないおじさんに気をつけて」という声かけも間違いとは言えませんが、子どもに対する性被害は「知らないおじさん」より顔見知りが相手であることがずっと多いということは知っておいてほしいと思います。
性被害当事者らによって運営されている一般社団法人Springが2020年に行ったオンライン調査「性被害の実態調査アンケート」によると、「挿入を伴う」性被害に遭った7〜12歳では「親の恋人・親族」による加害が最も多く、それに続いて多かったのは「親」でした。0〜6歳、13〜15歳では「親」からの性被害が最多です。
幼児や未就学児をも性の対象とするペドフィリア(小児性愛者)は「100人に1人」いると推計されており、それは「知らないおじさん」に限りません。性加害者は、ベビーシッター、塾講師、習い事の指導者、学童保育のスタッフ、学校の教職員など、子どもに接する職業に就くことで、チャンスをうかがうことも多く、気づいていないだけで実は身近にいる可能性もあります。
学校現場を例にすると、もちろん大半の教員は教育者として適切に児童・生徒に接していますが、文部科学省の「公立学校教職員の人事行政状況調査について」の報告では、2023年度に児童・生徒にあたる18歳未満の子どもへの性暴力で処分を受けたのは157人で過去最多、その被害者の54.1%が「自校の児童・生徒」でした。この数字も氷山の一角であり、実際にはもっと多いはずです。学校はある種、閉ざされた場所であり、「先生の言うことを聞く」のはよいことだとみなされがちな空間です。そうした環境の下では、「グルーミング(性加害を目的に、親切を装って子どもに近づき、信頼や依存を高めて油断させること)」という一種のマインドコントロールが非常に起きやすいと言えます。グルーミングをされた子どもは、加害者をかばったり、「被害に遭ったのは自分のせいだ」と錯覚したり、さらには被害を自覚することすら難しいケースも多いのです。
――2024年6月に「こども性暴力防止法」が成立し、子どもに接する仕事に就く人に性犯罪歴があるかどうか確認することを事業者に義務付ける「日本版 DBS」が2026年2月までに施行される予定となりました。これにより、学校などでの身近な大人による性暴力から子どもたちを守れるようになるのでしょうか。
これまでであれば、たとえば性暴力の加害者だと明らかになった教員が懲戒免職され、教員免許を失効した場合でも、3年経てば、他の都道府県で教職に就くことが可能でした。2022年に施行された「教育職員等による児童生徒性暴力等の防止等に関する法律」により、改善・更生したと認められなければ、性加害を行った教員に教員免許を再交付しないということになったものの、何をもって「改善・更生」とみなすかの基準が曖昧など、多くの懸念が残りました。
そうした状況を受けて議論が進められた日本版DBSでは、新規の就職希望者や現職者の性犯罪歴をこども家庭庁経由で法務省に照会し、前科があるとわかれば、就職希望者は採用しない、現職者は直接子どもに接しない業務への異動といった安全措置がとられることになります。日本版DBSでこうした確認が義務付けられるのは、小学校・中学校・高校、幼稚園・保育園、それから国の認定を受けた学童保育、学習塾、習い事のクラブやスクール、ベビーシッター等民間の事業者です。
日本版DBSは、子どもを性暴力から守る制度ができたという点で大きな一歩だとは思います。しかし、法務省に登録されているのは「前科」がある人物だけで、不起訴、示談、民事訴訟、懲戒処分などは対象外であること、また民間事業者についてはあくまで任意であり、子どもの身体に接する機会が多い医療従事者などが対象外であることなど、不備も多く見受けられます。日本版DBSの施行に向けて、改善を進めていくことが必要になるでしょう。また法律以前の話として、子どもに関わる場では、密室で子どもとふたりきりにならないようにするなどの配慮を徹底することも重要です。