子どもを性犯罪から守ることを目的に、性犯罪歴を有する者が子どもと関わる職業に就くことを制限するため、「こども性暴力防止法(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律)」に基づき創設される、性犯罪履歴照会制度のこと。通称「日本版DBS」と呼ばれる。
日本版DBSが参考とした「DBS(Disclosure and Barring Service。前歴開示・前歴者就業制限機構)」とは、2012年にイギリスで創設された制度および同名の公的機関である。DBSは、イギリス内務省や地方警察等が管理する個人の犯罪履歴のデータベースを元に、就業希望者や被用者の証明書を発行する。また、犯罪履歴だけではなく警察等からのリスク情報も考慮し、子どもや「脆弱な大人」(高齢者、病人、障害者など)と接する仕事に就くことができない就業禁止者のリストを作成・管理している。
政府が定めた職業(子ども、高齢者、障害者、病気の成人にかかわる職業。ボランティアも含む)に関しては、その雇用者に対し、DBSへの照会が義務付けられている。また、あらゆる職業において、その雇用者はDBSに就業希望者・被用者の犯罪履歴を照会することができる。DBSと同様の仕組みはドイツ、スウェーデン、フランス、オーストラリア、ニュージーランド等で運用されている。
日本でもDBSの導入は議論されてきた。2023年4月に発足した「こども家庭庁」は、DBSを参考にした日本版DBSの創設を盛り込んだ「こども性暴力防止法案」をまとめた。同法案は2024年3月に閣議決定、同年5月23日に衆議院本会議で可決、6月19日に参議院本会議を通過し、全会一致で可決・成立した。
日本版DBSでは、学校(認可保育所、幼稚園、児童館、児童福祉施設等を含む)の設置者などに対し、就業希望者・被用者の性犯罪履歴照会の義務が課される。学校設置者等は、こども家庭庁を通じて法務省が管理するデータの照会申請を行わなければならない。性犯罪履歴を確認するべき対象者は、「教員など」と定められており、具体的には教育・保育に携わる者を指す。ただし、大人が指導的立場で子どもと関わる場では、「支配性」「継続性」「閉鎖性」という3つの要件が性犯罪を生じさせやすいことを考慮し、場合によっては学校の部活動などのボランティアも含まれる。照会義務に違反した場合は、学校設置者等名公表などの罰則がある。また、学校設置者等は、照会した情報の管理義務を有する。
照会に対する開示対象となるのは、就業希望者・被用者の「特定性犯罪(痴漢や盗撮等の条例違反を含む)」の前科のみで、不起訴、示談、民事訴訟、懲戒処分などは開示対象になっていない。なお、性犯罪歴の有無を示す「犯罪事実確認書」に記載されるのは刑の区分と有罪判決の確定日で、具体的な犯罪行為の内容や量刑は示されない。
犯罪履歴が照会対象となる期間は、刑法における「刑の消滅」(刑法34条2項「禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで10年を経過したときは、刑の言い渡しは、効力を失う」「罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで5年を経過したときも、同様とする」)規定を考慮し、刑によって変動する。拘禁刑(服役)の場合は刑の執行終了等から20年間、拘禁刑(執行猶予判決を受け、猶予期間満了)の場合は有罪判決確定日から10年間、罰金刑の場合は執行終了等から10年間が、それぞれ照会対象期間となっている。
子ども家庭庁に照会した結果、就業希望者・被用者に犯罪履歴がない場合は、その旨が学校設置者等に送付される。犯罪履歴がある場合は、学校設置者等より先に就業希望者・被用者本人に通知され、通知を受けた者は2週間以内であれば内容の訂正請求をすることができる。就業希望者が内定を辞退した場合は、学校設置者等に照会情報は伝えられない。なお、現職の被用者に前科があることが判明したときは、学校設置者等に対し、子どもに接触しない業務等に被用者を配置転換することが求められ、それが困難なときは被用者を解雇することも検討され得る。また、現職の被用者に前科がなくても、性犯罪の「おそれ」があると子どもや保護者から相談を受けた学校設置者等は、被用者について調査を行い、必要な場合は上記と同様の安全措置を取らなければならない。
民間教育保育等(学習塾、学童保育、スポーツクラブ等)の事業者については、学校設置者等が講じるべき措置と同等のものを実施する体制が確保されていると認定された事業者のみ、事業者名が公表されるとともに、学校事業者等と同様の義務が課される。一方、個人事業者(個人経営の塾など)は認定の対象外となっている。
なお、衆参両院の内閣委員会では、下着窃盗やストーカー行為なども、子どもに重大な影響を与える性暴力であるとして「特定性犯罪」の範囲に含めること、確認対象者にベビーシッターや家庭教師等個人事業主も含めること、教員・保育士等の養成課程で子どもへの性暴力を防止する教育を充実させること、加害者更生の充実等、19の附帯決議が可決された。
こども性暴力防止法は成立したが、懸案事項も残っている。性被害者団体などからは、子どもを性犯罪から守るという観点から、対象となる事業者の範囲拡大や、性犯罪履歴の照会対象期間延長等の要望が出されている。一方で、性犯罪を行う「おそれ」があるとする判断基準が曖昧であることや、刑を受けた者の更生の機会を奪いかねないことなどへの懸念に加え、個人情報保護の問題等も指摘されている。同法では、施行から3年後に内容の見直し・検討を予定するという規定が設けられた。日本版DBSが今後、子どもへの性犯罪をどのように防止していくかが注視される。