だが、「現実には休めない」と声を上げた働く女性たちによる署名活動等を受けて、厚労省は5月7日、特例措置を新たに設け、切迫流産やつわりなどで認められていた母性健康管理措置を新型コロナウイルス感染症への感染不安などに関しても認めた。これにより、事業者は適切な措置を取るよう義務付けられることとなった。
新型コロナウイルス感染症を理由にした母性健康管理措置は、休業だけではなく、感染のおそれが少ない業務への配置転換や時差通勤、テレワークなどについても、主治医などからの指導をもとに本人から申し出があれば事業者は応じなければならない。この措置を受ける際は、「母性健康管理指導事項連絡カード」という書類が利用できる。これは診断書に準ずる正式な書類で、妊婦から主治医などに依頼すれば発行してもらうことが可能だ。申し出るときに必須ではないが、指導を的確に伝えられるという利点がある。
「感染が不安で満員電車に乗りたくない、人が大勢集まる場所で勤務したくない妊婦さんは、利用を検討してみてもいいでしょう。ただし、この制度には落とし穴があって、給与の支給については規定がなく、各事業者に任されているので、休めたのはいいけれどお給料が出ない、ということになる恐れもあります。事前に確認し、場合によっては有給休暇を使うなど、他の方法を検討してみてください」
妊婦健診が受けられなくても不安になりすぎないで
感染予防の観点から、医療機関によっては妊婦健診の回数を減らしているところもある。妊娠初期から妊娠23週まで4週間に1回、妊娠24週から35週は2週間に1回、妊娠36週から出産までは1週間に1回と、妊婦健診は合計14回ほど行われ、健康状態の把握や血圧測定、尿検査を含めた様々な検査計測を実施する。「妊婦健診の回数を減らして大丈夫なのか」と心配になるところだが、早乙女医師によれば、「そもそも日本は妊婦健診の回数や検査が多い」のだという。
「特に超音波検査については、欧米では妊娠初期、初期から中期に入る頃、後期の計3回受ければ十分だと言われています。もちろん子宮外妊娠や流産の有無をチェックする妊娠初期や出産に際しては医療の介入が必要です。またまったく妊婦健診を受けないまま飛び込みで分娩するのはリスクも高く、医療機関の負担も大きくなるので避けてほしいですが、安定期である妊娠中期に、体調が良く特に異常がないのであれば、妊婦健診を1度くらいパスしたとしても心配ないと思います。血圧測定は家庭用の機器でもできますし、胎動のあるなしも自分でわかることですよね。初産、特に高齢出産だという人はわからないことが多く、心配も大きいでしょうが、健診が受けられなくても相談する方法はあります。いたずらに不安にならず、自分の体をもっと信じてみてもいいのではないでしょうか」
電話やオンライン診療、助産師によるサポートもある
すべての医療機関が対応しているわけではないが、外出を控えたいときにはオンライン診療という選択肢もある。これまでは受診履歴がある患者が対象だったオンラインや電話による診療は、新型コロナウイルス感染拡大を受けた時限的・特例的対応として初診から可能になっている(詳細は、医療機関によるため個別の確認が必要)。また、「ハイリスクではない妊婦であれば、助産院で産む、開業助産師さんに来てもらって自宅で産むということも含めて、助産師に頼むという方法も検討してみては」と早乙女医師はアドバイスする。
「助産師は医師以上にお産のプロフェッショナルですし、病院では対応しきれないきめの細かいリクエストを助産院ならかなえられることも多い。病院、助産院、自宅出産にはそれぞれリスクとメリットがあるので、自分にとって一番理想に近いお産とはどういうものか、改めて考えるきっかけが生まれていると言えるかもしれません。病院で出産するという場合でも、健診から産後の母乳ケアまで、何かあればいつでも相談できるかかりつけの助産師を決めておけば、コロナ禍で何かと不安が募りがちな今の状況ではなおさら心強いと思いますよ」
健診や出産に付き添えなくても、ビデオ通話がある!
同じく感染予防を理由に、出産の立ち会いや妊婦健診の付き添い、産後の面会など制限されていることは少なくないが、「工夫次第では妊婦の孤独感や不安を軽くする方法もあるはず」と早乙女医師は言う。
「夫が妊婦健診に同席できないとしたら、LINEなどのビデオ通話でつないで、赤ちゃんのエコー画像を見せることもできますし、お産のときもビデオカメラを置いて実況中継すれば、その場にいなくても臨場感を分け合うことができますよね。女性にとって出産は人生の中でとても重要で大切な出来事なのですから、医療者側から『できません』と言われたとしてもそのままあきらめるのではなく、妊婦さんから働きかけていってもいいのではないでしょうか。気になることがあれば主治医にどんどん相談し、協力的に応じてくれるかどうかということも、分娩場所を決めるときのポイントになると思います」
ただし、思い描いた通りの出産ができるかどうかはまた別の話。
「妊娠したら、つわりもあればお腹も出てくる、自然分娩を希望していても帝王切開になるということも起こり得ますし、『こんなはずじゃなかった』と驚くようなことがたくさんあります。今回のコロナ禍もそのひとつですが、生きていれば何もかも自分の思い通りになるということはないですよね。新型コロナウイルスは人間社会の傲慢さに水を差し、人間も生き物だということを思い起こさせてくれたのではないかと私は思っています」
不妊治療を「待てない」思いは尊重されるべき
また、コロナ禍で不妊治療を控えてほしいという呼びかけに対し、早乙女医師はこう考えている。
「新型コロナウイルスの流行がいつまで続くのかはわかりません。数カ月待ったとしても、治療を再開できない可能性もある。特に年齢などのタイムリミットがある人たちにとっては、待てないというのが現実でしょう。実際、私の周囲でも、そうした事情からコロナ禍での様々なリスクを理解した上で不妊治療を続けている方が大勢いました。その切羽詰まった想いや選択は尊重されるべきだと思います。コロナ禍で子どもを産むことが不安だ、という方もいらっしゃいますが、生きていれば病気になることもあるし、怪我をするかもしれない。いつ死ぬかもわからない。