ジェンダーの定義のうち「性役割」「性差」に重点を置いて、フェミニズムとの関係などを説明した前編に続き、後編では「性別」「性自認」を表す「ジェンダー」について考察する。人はなぜ自分を「男」「女」だと思う(思わない)のか、「ジェンダーレス」「オールジェンダー」とはどういうことなのか、「ジェンダー」をめぐる深い問いについて、加藤秀一・明治学院大学社会学部教授にうかがった。
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「ジェンダー」が含み持つ意味のひとつ、「性役割」という側面についてうかがった【性知識イミダス:「ジェンダー」について知ろう(前編)~「ジェンダー平等」が目指すものは?】からのつづき。
「性別」とは、いったいなんなのか
――ジェンダーは「男」と「女」だけではなく、多様な性についての概念でもありますね。
ジェンダーとは、「男と女」という二元的な性別以外に、いわゆるLGBT(L:レズビアン/女性同性愛者、G:ゲイ/男性同性愛者、B:バイセクシュアル/両性愛者、T:トランスジェンダー)や、これらのどんなカテゴリーにも当てはまらない人々も含めた、もっと広い文脈で使われる概念です。ちなみに、LGBTと一口に言いますが、これは主に性的指向に関わるマイノリティ(L、G、B)と、主に性自認に関わるマイノリティ(T)がひとくくりにされた呼称です。LとGとBとT、それぞれに異なる背景や文脈があることを忘れないようにしましょう。
ジェンダーという言葉は、もともとは文法上の性別を表す英単語でした。たとえばフランス語には男性名詞と女性名詞があり、ドイツ語にはさらに中性名詞があります。そうした区別を示す文法用語だったのです。
1950年代から、ジョン・マネーやロバート・ストーラー(※)などが心理学や精神医学の方面からこれを転用し、人間にあてはめて使われるようになりました。そのきっかけとなったのは、単純な性別二元論にはあてはまらない、今日で言う性分化疾患を持つ人々や、自分の身体的な性別への違和感(性別違和)を抱く人々についての研究でした。
生物学や医学などの分野では、肉体上の性別のことを「セックス」(生物学的な性別)で表します。生物学におけるセックスの定義は、突きつめて言えば、卵(卵子)をつくる個体がメス=女性で、精子をつくる個体がオス=男性だというものです。これは、生殖を通じた進化のプロセスを明らかにするという生物学の目的に適った定義ですが、それをそのまま人間の個々人にあてはめて、「肉体のつくりによって“男性”か“女性”かが決まるのだ」、さらには「人間には男と女しかいないのだ」とする性別二元論で語られると、おかしなことになるのです。
仮に生物学的な性別の定義に単純に従うならば、無精子症の人や卵巣を摘出した人は男性でも女性でもないことになりますが、もちろんそんなことはありません。私たちは日々の生活の中で、「性別」という言葉をそんなふうには用いていない。実際には、「無精子症の男性」「卵巣のない女性」といった言い方をするはずです。これは一つの例に過ぎませんが、現実に生きる私たちにとっての「性別」という観念は、生物学的な性別の定義とは異なる次元にあるものなのです。
現在のジェンダー概念にはストーラーの影響が強く残っています。かれは、人々の「解剖学的な性」、つまり性器や生殖器の形状と、「男らしさ」「女らしさ」が必ずしも合致しない現実を前にして、肉体のつくりとは別次元にある、人間特有の広大で複雑な精神的・心理的領域に属するものとしての性別を示す言葉が必要だと考え、新たに「ジェンダー」を使うようになりました。
(※)
ジョン・マネーはアメリカの性科学者、心理学者(1921~2006)。ロバート・ストーラーは、アメリカの精神医学者(1924~1991)。