もちろん生還者の方も全て話されているわけではないし、証言が真実のすべてではないことは分かっています。そのことを念頭に置きつつも、戦争を否定するために誰かを貶めることはしたくないんです」
死屍累々(ししるいるい)の状況の中、田丸も吉敷も2019年5月現在の連載回では、すんでのところで命を繋ぎ続けることができている。主人公が死ぬと話の展開が難しくなるのは事実だが、不死身過ぎると逆に嘘臭くなってしまわないだろうか。
武田「主人公が死ぬと話が終わってしまうので、そこはなんとか乗り切ろうと(笑)。ただ、不公平にならないようには気をつけています。“主人公だから助かったんでしょ”みたいな感じにはしたくないので、英雄的な行為をしつつ生き延びるというミッションは、メインキャラクターには課さないようにしています。
生き残るべくして残っていることが読者に伝わるように、田丸も吉敷も生きることを優先した行動を取るように描いているつもりです」
抗がん剤の副作用から、現在の絵柄に辿り着く
武田さんは『変[HEN]』『GANTZ』などを手掛ける奥浩哉さんのアシスタントを足掛け7年していたこともあり、アマチュア時代はシリアスな絵柄を描いていた。しかしデビュー作となった『さよならタマちゃん』(講談社)以降は、現在のコミカルなテイストになったという。
武田「『さよならタマちゃん』は僕自身の睾丸がんの闘病を描いた作品。苦しくてしんどいシーンもあるので、絵をかわいくして読者の辛さを和らげようということが一番でした。あとは抗がん剤の副作用による手のしびれが、今も続いていることがあります。描き込みの多いタッチは手に負担が大きくて。マンガの連載は時間との戦いだし、描くという作業は肉体労働の要素が強いので、以前のような精密な絵は厳しいだろうなと。だから両方の意味合いで、今の絵柄が一番良い選択だったんです。
『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』って徐々に徐々に、表現的には残酷度が増していく造りになっているんです。でも実際の戦闘は1巻が描いた1944年頃が一番酷かった。その頃に何千もの人が一気に戦死してますから。でもそれをいきなり描いてしまうと、おそらく多くの読者が脱落してしまうので、1巻では死体にフォーカスしない演出をしました。以降は読んでいる人が残酷な場面に慣れてきたと思うタイミングで、少しずつ残酷度を上げるようにしています。なので巻が増すごとに、えぐみも増しているんですよね」
1944年11月24日、ペリリュー島の日本軍は玉砕した。しかし物語は1945年に突入し、現在も連載は続いている。
負傷しながらも九死に一生を得たある者はただ生きたいと願い、ある者は生きるために米軍の物資を盗もうとして殺される。田丸や吉敷たちも逃げては隠れを繰り返しながら、必死に生きることを求めている。この戦いの行く末はわかっているはずだが、4巻の帯に重松清さんが寄せた「『奇跡』を望みながら頁をめくってしまう」という言葉の通り、読者としては登場人物たちが一人でも多く生き延びて欲しいと願うし、同時にこれ以上アメリカ兵を殺さないで欲しいと感じている。そして戦後も長く生き続け、戦争を美化することなく受けとめ続けて欲しいと、この作品の読み手である私は思ってしまう。……我ながらワガママだと鼻白んでしまうが、そんな結末を願ってやまないのだ。