日本軍の戦死者1万人以上、最後に生還した兵士はわずか34人。
日本から約3000キロ離れたパラオ共和国のペリリュー島では、1944年9月から11月にかけて、日本軍とアメリカ軍が激しい死闘を繰り広げた。その「ペリリュー島の戦い」を軸に、若くして苛酷な戦場に送り込まれた兵士たちの壮絶なサバイバルの日々を、3頭身のコミカルなテイストで描いたマンガがある。『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(白泉社)だ。
2016年から現在も『ヤングアニマル』誌上で連載されているこの作品は、一人の男性が海岸に立ち「ここに祖父がいた」と独白するシーンから始まる。しかし作者であるマンガ家の武田一義さん(44歳)は、「これは自分の祖父のことではない」と語る。史実を元にしたフィクションというわけだが、なぜペリリューの戦いをテーマにしたのか。武田さんに話を聞いた。
戦いの中にある、兵士たちの日常を描きたかった
武田一義さん(以下、武田)「僕はそれまで、ペリリュー島を知らなかったんです」
武田さんがこの作品を手掛けるきっかけになったのは2015年4月、現在の上皇夫妻がペリリュー島へ慰霊訪問に向かったニュースを見たことだった。戦後70周年の2015年、マンガ誌の「ヤングアニマル」編集部では戦争をテーマにした読み切りムックを手掛けることが決まっていた。そこで武田さんにも、執筆の依頼があったそうだ。
武田「担当編集から“戦争ものの読み切りを描きませんか”と声をかけてもらったんです。確たる理由があったわけではないのですが、昔から戦争を題材にした作品を1回は描いておきたいという気持ちが漠然とあって。だから“じゃあこの機会に”と思って引き受けました」
なぜペリリュー島の戦いを描くことになったか。それは担当編集が「ペリリュー島というのがありまして」と切り出した際に、「あ! 天皇陛下(当時)の行かれたところだ!」と繋がったからだと武田さんは言う。
武田「このムック全体の監修者が、のちの連載でも原案協力をしていただいている戦史研究者の平塚柾緒さんで、ペリリュー島関連にとても詳しい方だったんです。ちょうど慰霊訪問もあったし、専門家にお話を聞けるいいチャンスなので、‟じゃあペリリュー島を描こう”と決めました」
武田さんは、このムックで読み切りマンガ『ペリリュー 玉砕のあと』を発表。これは、のちの連載と同じキャラクターたちが登場するものだが、設定などは違っていて、いわば連載とはパラレルワールドの物語となっている。
武田「この読み切りを書く上でペリリュー島について、たくさんの資料を調べました。その時は現地に行ったりとか、生還者のお話を聞いたりとかはしていなくて、ただ本を読んだりドキュメンタリー映像を見たりしていました。でもそれだけでも読み切りではとても描き切れないというか、描きたいことがたくさんあったので、僕の方から担当編集に“できれば連載も描いてみたいです”と打診したんです。それでOKが出たので、連載用にストーリーや設定を組み直しました」
読み切りを描いていた時から武田さんは、戦いそのものではなく戦いの中における兵士たちの日常を描きたいと思っていたそうだ。
武田「戦場って僕たちには非日常だけど、そこにいる当事者にとっては日常ですよね。現代の僕らにとっての非日常である誰かの日常を描きたいという思いが、ずっとありました。だから“勝った/負けた”や“作戦が成功した/失敗した”ということとは違う部分を掘り下げたかったんです。僕、取材前は元兵士の方って、厳しい方が多いのではないかと勝手に想像していたんですよ。でも平塚さんが元兵士から聞いた話を伺っていたら、ドキュメンタリー作品ではこぼれ落ちてしまうような、それこそ人間味があふれる話がたくさんある。『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』にもたまに下ネタが出てきますが、それよりもっとどぎついものとかを聞きました(笑)。あとは“将棋をして遊んでいた”というお話も聞きましたが、それって戦争のさなかのことなんです。彼らは四六時中戦っていたのではなく、お手製の将棋の駒や花札とかを使って遊んでいたこともあったそうです。なんとなく予感してはいましたが、平塚さんからお話を聞いたことで“70年前の若者も僕らと変わらない”と確信できました」
戦争の美化も、当事者も貶めることもしたくない
サンゴが隆起してできた小さな島ペリリリューが舞台だが、死と戦闘という要素を除けば、登場人物が思うことや起きることは、現代とそう変わらないような印象を受ける。武田さんはそれぞれのキャラクターに、一体どんな思いを込めたのか?
武田「今、世の中的になんとなく“これが正しい”と言われているものってあるじゃないですか。実はそれに対する意見って一人ひとり違ったりするけれど、普段はいちいち主張することなく生活していますよね。そういう感覚を描きたかったので、なるべく違った考え方や性質を持ったキャラクターを登場させました。主人公の田丸のように徴兵されたから戦地に行ったけれど、人生のプランに戦争があったわけではなくて、たまたま来てしまった人も多かったはず。だからそんな“たまたまそこにいた人たち”を描きたいとも思ったんです。
作品に取り掛かる際に、やってはいけないことを自分の中でいくつか決めていました。その一番は、戦争を美しく描いてしまうことです。戦争のために自己を犠牲にするというところも、自分の中では美しく描かないようにしようと。メインキャラクターの田丸と吉敷の二人は生き延びたいという願望がとても強い。その二人を話のメインに置くことで、美化しないようにできているのではないかと思います。そして、同時に当事者たちを汚してもいけないと思いました。だから元兵士たちの人生には、できる限りの敬意を払う。この二つを両立させるのが、僕が目指すところです。
戦争物を描く際にやってしまいがちなのが、軍人個人を悪人にしてしまうことだと思うんです。でも戦争を否定するために“こいつは悪い奴だ”みたいな描き方をするのは、僕としては違うなと。