これまでなかった女性支援の砦
2022年2月16日、困難な問題を抱える女性を支援する新法制定のための超党派勉強会が参議院で開かれた。私もこの法律の制定に向けて、19年に厚生労働省の検討会の構成員として活動し、「売春防止法に代わる新たな枠組みが必要」とする中間まとめを公表した。その後、民間支援団体などの有識者で集った「女性支援新法制定を促進する会」のメンバーとして、新法制定に向けて要望書を作成し議員らに伝えるなどの活動をしていて、16日の勉強会にも参加した。
この日は法の骨子案が示された。朝日新聞の記事には〈目的や基本理念に女性の福祉の増進や人権の尊重、男女平等の実現を掲げ、これまで支援の根拠法とされた売春防止法(売防法)からの脱却を図る。(略)骨子案によると、女性の福祉の増進のために、人権が尊重され、安心して自立して暮らせる社会を実現することを目的としている。必要な施策の実施を国と地方自治体の責務とし、国に基本方針を、都道府県には基本計画を定めることを義務づけた。〉とある(「問題抱える女性支援目指し 新法骨子案判明 『売防法から脱却を』」22年2月16日、朝日新聞デジタル)。
東京新聞にも〈女性の保護事業は現在も都道府県が実施しているが、根拠法の売春防止法は、女性の「更生」や「収容」を明記する一方、福祉の視点が欠けているとして一部を廃止し、新法に置き換える狙いだ。法案の骨子では、性的被害や家庭状況の事情で、日常生活や社会生活が困難になった女性を支援対象として定義。本人の意思を尊重し、回復や自立に必要な包括的支援を行うことを明記した。〉と紹介されている(「貧困やDV被害 居場所がない女性の包括支援 超党派議員が新法案を提出へ 売春防止法から脱却目指す」22年2月16日、東京新聞Tokyo web)。
売春防止法とはどんなもの?
さらに先の東京新聞の記事は、〈1956年制定の売防法は、売春を助長する行為の処罰と、売春する恐れのある女性の補導・保護更生が目的。都道府県は今も同法に基づき、相談や一時保護を担う「婦人相談所」、中長期的に保護する「婦人保護施設」を運営している。保護対象はDVやストーカー被害者にも広がったが、少ない人員配置や専門職員の不足、民間団体との連携不足が課題。支援関係者は長年、「困難の責任を女性に負わせ、蔑視的な表現が残る売防法こそ問題だ」と、新たな根拠法を求めていた。〉と締めくくられている。
売春防止法は「売春」に「転落」する女性や「売春を行うおそれのある女子」を社会を乱すものとして扱い、「補導」「保護」「更生」の対象に位置づけている。こんなに差別的な法律が制定から66年間、一度も根本的に改正されていないのだ。そして、そうした女性たちが「収容」される「婦人保護施設」は、その名前すらほとんどの人には知られていない。「婦人保護」という名称自体にも深い女性差別を感じざるを得ないが、女性を公的に支援する唯一の施設である。その「婦人保護施設」は「売春のおそれのある女子」を指導の対象としてみる差別的な売春防止法を根拠としていたのだ。
私たちColabo(コラボ)の活動は、既存の「支援」が機能していないために、「ないのなら自分たちで作ろう」と始めたものだったが、法律や制度のことを知れば知るほど、これまで日本社会には「女性福祉」はなかったのだとわかっていった。
01年にDV防止法ができてからは、国はお金をかけず女性たちを「保護」する場所として、入所者が少なくなっていた婦人保護施設に着目し、そこからDV被害女性やストーカー被害女性も同施設で保護されることとなった。すると、緊急的に女性を保護する一時保護所だけでなく、それまで地域に開かれていた婦人保護施設も、DVやストーカーの加害者から入所者を守るため看板を下ろして所在地を隠し、通信機器の利用などにも厳しいルールが課せられるようになった。
また、「措置」の仕組みの問題などで入所のハードルが高く、婦人保護施設は困っている女性たちから「利用したい」と思われる場所ではなくなった。利用率はものすごく低く定員の2~3割という施設もある。Colaboでは18年度から、本来は性売買・性搾取の被害にあった女性の生活を保障する場であるはずの婦人保護施設について、女性たちが「利用したいと思って利用できる場」になるよう働きかけ、少しずつ道が開けてきている。施設自体も、少女や成人女性の人権を保障するために変化しようとしているところだ。そうした現場の活動を通して、今回の新法の必要性も議員らに理解してもらえるようになってきた。
女性差別的な法律が66年間続いている
売春防止法は戦後、女性の福祉や人権保障のために活動してきた多くの女性たちの運動によってできた法律だが、その時代の人権意識を反映しているともいえる。それが66年間も変わらずにきたことは、日本社会の女性に対する意識が戦後から進歩していないことを示す残念なことだ。
売春防止法では、女性が「補導」の対象にされる一方で、買春を持ちかける男性側は受動的な存在として位置づけられ、第5条の「勧誘等」の罪は女性にしか適用されない。そもそも「売春」という言葉自体が買春男性側からの視点でつくられた女性差別的なものであり、性売買・性搾取の実態を覆い隠している。
16年9月22日の本連載「私たちは『買われた』展を終えて想うこと」でも書いたが、15年にはSNSを通して買春相手を探して生活していた少女が勧誘罪で逮捕される事件もあった。「少女は遊ぶ金ほしさに売春し、映画を観たり洋服を買ったと証言した」「少女は高校を中退して半年間家に帰らず、居所不明になっていたため任意の事情聴取ができず、逮捕に踏み切ったと警察は説明している」などと、さまざまなメディアが報じたが、半年間も家に帰らずに生活しなければならなかったのにはきっと理由があるはずだ。そして、彼女はきっと「売春」で得たお金で宿に泊まったり、ネットカフェでシャワーを浴びたり、食費や生活費にしていたのではないかと、私が出会ってきた少女たちの現状から想像した。