今、学校に行かなかったり、行けなかったりして辛い想いをしている人に伝えたいのは、いろんな世界を持ってほしいということ。世界は本当に広いと思うんですよ。その広い世界で、一人ひとりの考え方も違う。今よりも広い視野で見れば、手を差し伸べてくれる人は絶対にいるはずです。だからもっといろんなところに出向いたり、いろんな人と交わることが大事だと思いますね。
関わり続けるゴールのない活動
仁藤 私、ずっと気になっていたんですけど、水谷さんが私たちの発信をリツイートしてくださったのは、とても大事な試合の直前でしたよね?
水谷 そうですね、メダルを取った試合のちょっと前かな。
仁藤 テレビを見ながら「このタイミングで、何でリツイート!?」って思ったんですけど。
水谷 いやもう、そのタイミングだったら多くの人が見てくれるだろうと思いましたから。
仁藤 ええっ? ちゃんと計算してくれてたんだ!
水谷 そうですね。仁藤さんの活動を含めて、ホームレスの人たちとか、今困っている人たちを助けたい、自分ができることをしたいという気持ちが強くありますからね。今の僕にできるのは、たとえば食べ物や飲み物の寄付ぐらいですが、自分が頑張って成績を残せばそれは何とでもなります。ただ、支援をやる以上は、僕なりに賛同者も集めてたいと思います。ですからSNSなどもできるだけ活用することにしています。
ところで、僕も前から聞きたかったのですが、仁藤さんは困っている子どもたちとどうやって知り合うんですか?
仁藤 ツイッターやブログを見て連絡してくれる子が多いですね。あとはスタッフと夜回りして繁華街にいる子に声をかけたり。 友だちからの紹介も多いですよ。一人の子がつながると、「友だちも困ってるんだけど」って連れて来てくれるんです。
家庭での性暴力が疑われるのに、公的機関がなかなか動いてくれないと学校の先生から連絡をもらったこともあるし、少年院で知り合った子から連絡をもらったこともありました。その子は出院後、居場所がない家庭に戻って孤立していたところへ昔の悪い仲間が近づいてきて、だけどもう悪いことには足を踏み入れたくないと連絡をくれたんです。そのように年間で130人くらいの中高生と出会います。
水谷 そういう支援が必要な子たちが増えていったとして、将来的にはどうなっていくのでしょうか?
仁藤 ずっと関わり続けるんです(笑)。よく「あなたたちの活動の成果は何ですか?」って聞かれるんですけど、ゴールは決めていません。問題解決型ではなく、その子たちに寄り添うことそのものが目的なんです。
家を出なきゃいけない、あるいは出たいという子を保護して、公的機関と連携しながら里親さんを探したり、シェルターに住まわせたり。「ママの彼氏が来るんだけど、暴力を振るうから、その時だけ泊めて」という子もいます。保護だけではなくて、その子が受験したい学校の見学に付き添ったり、昨日は真夜中に熱が出た子を病院へ連れて行きました。「部屋にネズミが出た」という連絡が来て、退治しに行ったこともありますよ(笑)。
水谷 そんなことまでやるんですか?
仁藤 虐待とか性暴力、貧困だけじゃなくて、出会う子たちが困っていたら、できる限り手を差し伸べたいんです。昨年は、出産の立ち合いもしました。それぞれの状況に応じて「とにかくできることをやる!」、みたいな感じですね。けっこう明るい雰囲気でワイワイやってます。
声を上げやすい社会にしたい
水谷 以前、試合で東南ヨーロッパのセルビア共和国へ行った時、4、5歳の子どもがデパートで物乞いをしてるのを見たんですよ。そんなに小さな子が「お金ちょうだい、お金ちょうだい」って、日本じゃ考えられませんよね。同じような光景は中国にもあるし、日本では非現実的なことでも海外では当然で……。
そういうのを見て、その時は「日本はまだ幸せなのかなぁ」って思ってたんですけど、今の仁藤さんの話を伺ったり、ネットで報告を読んだりして「日本にも自分が知らない世界がたくさんあるんだなぁ」と。そういうことを少しずつでも勉強して、困っている人たちの力になりたいという気持ちが、より強くなりました。
仁藤 物乞いをする子どもたちとは、私もフィリピンなどで出会いました。私が10代で荒れた生活をしていた時、声をかけてきたのは性的搾取が目的の男性ばかりだったんですよ。初めてフィリピンに行ったのは18歳の時でしたが、日本人に買春させられている女の子をたくさん見て、「何で日本と同じことがここで起こってるの!」ってびっくりして。そういう経験も、今の活動につながっていますね。
日本では海外の問題のほうがわかりやすいから、社会の関心はそっちにばかり行きがちだけど、水谷さんは日本の問題にも目を向けて支えてくださっている。国際協力の活動をしている学生でさえ、「日本の問題は自己責任じゃないの?」って、見えない部分は想像できないみたいなんです。
水谷 僕は以前から、本を読んだり調べたりしていたので、そういう世界についての知識はあったんです。ただ、最初は「そういう人もいるんだな」という程度の気持ちだったんですね。でも、自分に娘が生まれて、やっぱり今のままの状況ではよくない、何とかしなければ、と。
親の影響や家庭の問題で、どうしようもなくて、自分の意思に反してそういう道に行ってしまっている人に手を差し伸べたいという気持ちが強くありますね。仁藤さんは一年間にどのくらいの頻度で活動されてるんですか?
仁藤 毎日(笑)。特に年末年始や休日などは公的機関が休みで、他に頼るところがないので私たちは活動しています。
水谷 仁藤さんのお話を聞いていると、尊敬に値しますね。自分ではやりたいと思っていても、いざ行動に移すとなると難しい。でも、それを実際にやっている。やってみないとわからないことも多いだろうし、やってみたら想像以上に大変だったということも多いと思うんです。
仁藤 私の場合、それしかなかったんです。10代のころから夜の街で過ごしていて、私は運よくいろんなサポートを受けて大学まで行けたけど、周りの友だちで大学に行った人はいないし、高校を卒業していない子も多い。でも、大学ではこういう問題に関心を寄せてくれる人はすごく少なくて。「そんなの、ドラマの話じゃないの?」って言われて、衝撃を受けたんです。だから、私はこれをやらなきゃと思ったし、普通の企業に就職できるタイプでもなかったし(笑)。水谷さんには、ぜひ今後もご支援をお願いしたいです。
水谷 何でも言ってください。むしろ、どんどん言ってくれたほうが、僕もうれしいです。
仁藤 お知り合いに空き家を持っている人がいたら、ぜひ紹介してください!(笑)。シェルターを増やしたいんですけど、一軒家は高くて買えないし、大家さんが理解してくれるところじゃなければならないので、家探しに困ってるんです。あと「夜間巡回バス」を走らせたいので、バスを1台寄付してくれる人も探してます(笑)。
お金ももちろん必要ですけど、女の子たちを取り巻く現状と、私たちの活動をもっと知ってもらいたいというのもありますね。海外では社会活動に参加する有名人が多いですよね。