この1カ月半ほど、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響で社会が大混乱している。安倍晋三首相は「先手先手な対策が必要」「必要な対策を躊躇なくしてきた」といったようなことを口では言うけれど、実際には後手後手の対応が続いている。
2020年2月29日にやっと首相会見を開いたが、初動の遅れにより新型ウイルスが広まるのを抑え切れなかったこと、横浜港大黒埠頭に停泊していた大型客船ダイヤモンドプリンセス号での感染拡大を防げなかったことなど、これまでの水際対策について反省の姿勢は見られなかった。それどころか、記者とのやりとりも事前に通告された質問に対して、事務方が用意した回答原稿を読み上げる形でしか行われなかった。
記者会見というよりも、私には下手な「劇」を見せられているかのようだった。
広がる排除と差別ムード
新型ウイルス感染症への不安が大きくなるにつれ、人々の間では差別や排除の雰囲気も高まっている。
例えば、日本人を含むアジア系住民に対する人種差別は、世界各地で広がっている。ヨーロッパで最初に新型コロナウイルスの感染が確認されたフランスでは、ツイッターに「#私はウイルスじゃない」というハッシュタグも作られた。イギリスではアジアにルーツのある男性が、「ウイルスを持ち込むな」と路上で殴られる事件が起きた。
同じようなことが各地で起こっているが、いかなる理由でも差別が正当化されることはあってはならない。しかし、こうした差別に明確に反対する首相やリーダーは多くない。
日本でも、SNS上だけでなく、日常生活の中で中国の人々に対する差別的な言葉を聞くことが増えた。町の飲食店が「中国人の入店お断り」という貼り紙をしたり、そのような行為に同調する声が上がったりもしている。そんな中、先日訪れた東京・新大久保では、中華料理店の店先に「武漢加油(がんばれ)! 中国加油!」と大書されていて、日本にいる中国の人々は今、どんな気持ちで過ごしているのだろうと考えた。
電車内でせき込んだ人やマスクをしていなかった人が、周囲の乗客から攻撃される事件も増えている。最近では、「ぜんそくがあります」「花粉症です」「このせきはうつりません」と書かれたバッジが売れているそうだ。が、プライベートなことまで明かして「私は違う」「私のせきは大丈夫」と表明しなければならない状況、そして、それを表明しない人たちへのさらなる攻撃や影響についても考えざるを得ない。
差別や混乱を生まない、広めないためには、私たち市民一人ひとりが正しい情報に基づいて判断し、「差別はいけない」と表明したり、正しい情報を拡散したりすることが必要だ。しかし健康への不安が広がる中で、何が本当の情報なのか、どう判断したらいいのか分からなくなっている人は少なくない感じがする。
突然の休校要請による影響
そんな中、2月27日に安倍首相が突然、全国の小中高校に「休校要請」を出したことから社会は更に混乱した。「来週から、子どもをどこに預けたらいいのか」「仕事に行けなくなるかもしれない」と多くの親たち、学校、自治体も慌てた。共働き家庭や一人親家庭では子どもの預け先が見つからず、仕事に行けずに収入が減る世帯が数多く出るだろうし、現に北海道の病院では子どものいる看護師約170名が出勤できなくなり、運営に影響する事態となっている。
さらに今回の休校要請は、子どもがいない人の生活にも影響を及ぼしている。人手不足になった職場で、過剰労働を強いられることになった人も少なくない。私の知人の10代女性は、勤め先のアパレル店が人手不足で営業時間を短縮せざるを得なくなり、シフトを減らされて生活が成り立たなくなると困っている。
今回の突然の休校要請を安倍首相は周囲にもほとんど相談せず、自民党内から反対や懸念の声が出たにもかかわらず決めてしまったという(東京新聞「〈新型コロナ〉首相、異論押し切り独断 一斉休校要請、決定の裏側 」)。その後の対応からも、休校要請を発表した時点では、家庭や子どもたち、社会への影響を考えていなかったと思わざるを得ない。
政府は休業補償について検討すると言っているが、その内容は「子どもがいる正規、非正規社員が有給休暇を使って休みを取得した場合に、企業に支払われる」というのもで、フリーランスの人や、子どもがいないけれど臨時休校の影響によって仕事がなくなった人たちにどう対応するのかは明らかにされていない 。また売り上げが急減した中小企業には、「補償」ではなく借入金を100%「保証」するとした 。
弱者にしわ寄せがいく対策
私は、1日の食事を学校給食に頼って生活している困窮家庭の子どもたちもたくさん知っているので、学校がない間のそうした子どもたちのことも心配せずにいられない。学校施設を開放し、給食も提供すると決めた自治体もあるがごく一部だ。
大阪府内の学校に勤めるスクールソーシャルワーカーからの情報によると、臨時休校中は学校を全面的に閉鎖すると決めたある自治体では、その間にスクールソーシャルワーカーが子どもや保護者と面談したり、家庭訪問したりすることもできなくなったそうだ。彼らは子どもたちが抱える悩みやさまざまな問題に関わる専門職で、こういう時こそ彼らの力が必要だ。しかし自治体によっては、虐待、生活困窮、いじめ、不登校などの困難を抱える子どもや、行き場に困った子どもの見守りすらできなくなっている。
このように市民の暮らし、生活への影響にどう対応するのかが示されず、弱い立場にある人にしわ寄せがいく政府の対応にますます不安がますます広がっている。
私が代表を務めるColabo(コラボ)でも、夜の渋谷と新宿で定期的に開催している10代無料のバスカフェの開催を一時見合わせた。しかし、こういう非常時こそ支援が必要であると考えて再開を決め、開催時間を延ばしたり開催日を増やす方向で行政と調整中だ。
災害などの非常時には、子どもや女性への性犯罪が増えることが知られているが、特に今回は大人の見守りが手薄になった子どもたちが大勢いるので心配だ。学校が一斉に臨時休校に突入するや、街中には中高生たちが溢れ始めた。突然やることがなくなり、ふらふらしている。大人が作った状況がそうさせている。小学生も朝から広場や公園、スーパーの店先などで所在なさげにしている様子が見られる。
そうした子どもたちには「外に出るな!」と言うのではなく、安全に過ごせる場所を確保するべきだ。地域での見守りも強化してほしい。
デマや混乱が広がっていく
非常時にはデマも横行しやすい。
2月27日頃からはSNSを中心に「新型コロナウイルスの影響で中国の生産工場が止まり、トイレットペーパーが輸入されなくなる」「原材料がマスクの製造に回されるためトイレットペーパーが不足する」などのデマが流れた。実際には、トイレットペーパーなど紙製品の多くは日本製で、在庫は十分にあるのだが、デマを信じた人や、そういう人たちの買い占めによって在庫がなくなることを危惧した人の買い込みで、トイレットペーパーや生理用品などの紙製品が日本中の店から消えた。
Colaboが運営しているシェルターでも、トイレットペーパーがなくなった部屋の子が何軒も店を探し回った挙句、買えなくて途方に暮れたり、胃腸炎になった子がトイレを我慢したり、身近なところに影響が出た。