彼女の再婚相手は、新婚生活を疎かにし、さらには逮捕までされてしまったノーマを洗脳したと、ワショフスキーに詰め寄ります。「君はノーマの頭を混乱させ、かき回して違う女にしてしまった」。彼は言い返します。「彼女は立ち上がり解放されたんだ」。
作中では人種や宗教など、アメリカ社会の重要な要素にも光が当てられていますが、労働者の団結とそれを実現させたノーマの女性としての解放が同時並行して描かれるところにこの作品の最大の特徴があります。人当たりは良くても身持ちの悪いノーマは、男性関係で常に苦労していたことが描かれています。彼女は労働運動を通じて父親や工場の経営者たちといった男性社会への依存から自立し、その姿がまた周囲に影響を与えていくダイナミズムが捉えられているのです。
労働組合の組織率は、多くの先進国で戦後一貫して低下し続けています。アメリカでの組織率は10%に過ぎません。それでも組合員数は2022年には30万人近く新たに増え、組合そのものの数も同年に5割も増えたと報告されています。スターバックスやアマゾンといった、それまで組合結成を回避してきた新興企業でも多くの組合が生まれ、AI利用に対する俳優・脚本家組合によるストライキも支持を集めました。アメリカでは国民の67%が労組を支持しているという世論調査もあり、組織率が低下しているヨーロッパでも2000年代になって労組への信頼が高まっています。
それでも、労働組合の組織率が減少していっているのは、働き方の変化に加え、働く人々の間のネットワークや協働、相互信頼といった関係性(「社会関係資本」と呼ばれます)が、時代を追って少なくなってきているからです。個人と集団や組織を対立的に捉えるのではなく、個人の解放こそが集団の力を強め、その集団が個人を支援することこそが社会運動が成功する鍵であることを『ノーマ・レイ』は雄弁に物語っています。
『パレードへようこそ』――「結合」による運動
1970年代を経て、社会運動はそれまで労働を基盤としたものから、「新しい社会運動」と呼ばれる、新たな様式へと変化していきます。政治学者イングルハートは、賃上げや労働環境改善を求める「物質主義的価値観」ではなく、自己決定権や言論の自由、環境意識といった「脱物質主義的価値観」が社会運動の主要なテーマとなったこうした変化を「静かな革命」と呼びました。
この旧来の社会運動と新しい社会運動の共闘を描くのが『パレードへようこそ』(マシュー・ウォーチャス監督、2014年)です。舞台は1984年のイギリス。当時は以前の連載でも紹介したように、物価高に対処するために労働組合、とりわけ炭鉱労働者によるストライキを徹底的に排除しようとしたサッチャー政権の時代でした。
公団に住む若者でゲイ・コミュニティのリーダー格でもあるマークは、炭鉱労働者を応援しようと、「炭鉱夫支援同性愛者の会」を仲間と立ち上げ、募金活動を始めます。なぜなら「彼らは僕らと同じだ。同じいじめにあっている。警官とタブロイド紙と政府にいじめられている」――この時代は、まだ不治の病であったHIV(エイズ)が広がり、社会不安を呼び起こしていたことも想起する必要があります。社会運動論では「フレーミング理論」と呼びますが、運動する理由は何か、何のために運動をするのかを説得的に提示できるかどうかが、運動の成否を分けるとされます。マジョリティ社会の中のマイノリティである炭鉱労働者と、マイノリティ社会の中のマジョリティであるLGBTは共通の目的を持っていると提示することで、会は賛同者を増やしていきます。
もっとも、苦労して集めた支援金を届けるのは容易なことではありませんでした。社会からまだ奇異の目で見られるLGBT(そういう言葉すら当時はありませんでした)からの支援を受けることは、社会的に保守的な炭鉱労働組合が歓迎するところではなかったからです。意を決した彼らは、直接に支援金を届けようとウェールズ地方の炭鉱の村へと出かけていきます。「ゲイに会ったのは初めてだ」「炭鉱夫に会ったのも初めてだ」――二つの交わることのない世界の出会いです。
二つのコミュニティの中でも、それぞれ葛藤が生まれます。歓迎されないのに募金活動をすることの意義を問うゲイもいれば、LGBTの支援を受けることで世間からますます支持を失ってしまうのではないかと恐れる炭鉱夫もいます。それでも、支援する理由を問われたある者は「炭鉱夫の掘った石炭でゲイは朝3時まで踊ることができる」と宣言し、支援される理由を問われた者は「手と手を握る、それが労働運動だ」と述べて、違いを乗り越えて運動を進め、炭鉱夫のためのチャリティコンサートも成功を収めます。
様々な想いが交錯しつつも、LGBT運動拡大のために自分たちが利用されたと感じた炭鉱の労組執行部は、最終的に支援を断ることを決議します。それと同時に、サッチャー政権の圧力に抗しきれなくなった炭鉱のストも85年に終結を迎えます。