21世紀に入ってから、先進国は、いわゆる「ポピュリズム政治」に襲われました。西欧では、すでに90年代後半からポピュリスト政党が政権入りしたり、ポピュリスト政治家が大統領選に進んだりしていましたが、さらに2017年にはアメリカのトランプ大統領の誕生という衝撃的な出来事がありました。
もっとも、ポピュリズム政治といってそれが具体的に何を意味するのか、必ずしも判然としません。日本のマスメディアでは、「大衆迎合」や「衆愚政治」、あるいは最近では「反知性主義」などと同義で用いられることがあります。しかし、そもそも民主主義は民の求めることを実現する政治ですから、大衆に迎合して何が悪いのか、と問われれば答えに窮します。「反知性主義」も、もともとは歴史家ホフスタッターが、アメリカの歴史における正統な伝統のひとつとして用いていた言葉ですから、誤用に近いものがあります。
「ポピュリズム(populism)」という言葉は、もともとラテン語で「人々」を意味する「ポプルス(populus)」を語源にしています。すなわち、直訳すれば「人々主義」というものになるでしょう(ちなみに中国語では「民粹主義」と訳されています)。これは、普通の人々を中心に置く政治、とでも言い換えることができるでしょう。英オクスフォードの政治学辞典では、ポピュリズムとは、「普通の人々(ordinary people)の選好(preference)を支持すること」と定義されています。
ならば、ポピュリズムと民主主義は何が違うのでしょうか? 手掛かりを得るために、ここで以下の質問に、イエスかノーかで答えてみてください。
1.国会議員は有権者の意思に従わなければならないと思う。
2.重要な国政の問題は、政治家ではなく、有権者によって決められるべきだと思う。
3.政治家と有権者との間には、有権者同士との間よりも、埋めがたい溝があると思う。
4.私は世襲議員などの職業政治家などよりも、一般市民に政治家になってもらいたいと思う。
オランダでの調査研究によれば、これらの質問に「イエス」と答えた有権者ほど、ポピュリスト政党に投票する割合が多かったとされています。(※1)
ここには、いわゆる「代表(代議)制民主主義」、具体的には既成政党や既存政治家に対する強い不満を持つかどうかが、ポピュリズムと民主主義を分ける分水嶺であることがわかります。政治のエリートをうとましく思い、これに対して庶民こそが正義である、とするのがポピュリズムの正体ということになります。
今回は、こうしたポピュリズムの特徴と実態を明らかにしてくれる3本の映画を紹介します。
誰がポピュリストを遣わすのか?――『オール・ザ・キングスメン』
映画『オール・ザ・キングスメン』(スティーブン・ザイリアン監督、2006年)は、ヒューイ・ロングという、実在したアメリカのポピュリスト政治家を題材にし、彼を題材とした作家ロバート・ウォーレンの同名の小説を原作にしています。ルイジアナ州知事と上院議員を務めたロングは、ポピュリスト政治家の代名詞的存在であり、大恐慌期に富裕層に対して農民の利益を訴える「農民急進主義者」とされることもあります。タイトルの「オール・ザ・キングスメン」も、「誰もが王である(Every Man a King)」というロングのスローガンをヒントにしたものです。ちなみに同じ原作に基づいて、アカデミー作品賞を受賞した1949年製作の『オール・ザ・キングスメン』(ロバート・ロッセン監督)もよく知られた名作で、両作品は、ほぼ同じプロットで展開していきます。
映画の中でロングはウィリー・スタークという主人公に置き換えられています。州の会計官だった彼は、政治家と地元建築業者の癒着を知り、汚職を世論に訴えます。この建築業者が建てた小学校の階段が崩落、3人の児童が死んだことから、汚職への住民の関心が高まり、スタークはある男に知事候補として担ぎ上げられます。
しかし、彼が擁立されたのは、票を分割させて対立候補を落選させるための有力候補陣営の策略でした。選挙戦の最中にそのことを知ったスタークは、批判の矛先を政治家へと向けます。「投票しなければ君たちは無価値だ。都会の政治家が言うように愚かで、ポケットから最後の小銭まで盗まれる」――議会の政治家、彼らとつるんだ富裕層と大企業を批判して支持を集めたスタークは、知事選で当選を果たします。そして、実際にロングがそうしたように、スタークも道路の整備、学校の建設、医療の無償化などを断行して、世論の支持を集めることになります。
しかし、有力企業と癒着する腐敗政治家、財政を危惧するエリート政治家、そしてスタークの脱法的な政治の進め方を快く思わない司法関係者は、彼を弾劾裁判にかけようとします。それはスタークが、反対の多い公共事業を通すのに、議員を買収したり、脅迫をしたりしていたためです。
(※1)
Agnes Akkerman "How Populist Are the People? Measuring Populist Attitudes in Voters" Department of Sociology, VU University Amsterdam, the Netherlands を参照
(※2)
シーモア・M・リプセット『アメリカ例外論』(上坂昇・金重紘訳、明石書店、1999年)を参照