なぜなら、「なんでそれが女性嫌悪なわけ?」とか「いまや女が弱者でもあるまいし……」「おまえ、ひょっとしてフェミニスト?」なんて言葉で話を遮られ、傷付けられるからだ。
「男性に理解させるために、どうして私たちがこんなに大変な思いをしなきゃいけないんだろう」
本書は、そんな彼女が編み出した想定問答集のような一冊だ。もちろん、前提として、話したくない時は話さなくていいし、苦しい思いをして答える必要はないことが強調されている。
読みながら、「共感の極み!」と何度も叫びそうになった。
なぜなら私は日々、無理解な男性に理解してもらいたい一心で、「必殺! フェミ返し」と名付けた技を編み出し、使っているからだ。例えばそれは、東京医科大学の入試において女子が一律減点されたという問題について語っている時などに使用する。その場にいた男性が「でも、医者はやっぱり激務だし、仕方ないんじゃない?」なんて口にした瞬間、「よっしゃ! フェミ返し行きます!」と頭の中でゴングが鳴るのだ。試合開始の合図である。
「では、入試や就職試験という人生を左右する機会において、『男性だから』という理由で一律減点されたらどう思いますか? 自分がもし同じことをされたら、『しょうがないか、男だもんな』と容認できますか?」
「フェミ返し」とは、このように男女を入れ替えることである。そのことによって、非対称性を理解してもらおうという技だ。ちなみにこれは本当に偶然だが、韓国の「ミラーリング」と一緒である。
さて、「フェミ返し」された相手は一瞬口ごもるが、大抵の場合、「でも、女の人は子ども生んだり子育てしたりもあるから……」というようなことを言ってくる。そこで今度は、OECD諸国平均では医者の女性の割合は45%で、日本は最下位の20%であること、諸外国では妊娠、出産しても女性が医者を続ける制度が整っていることなどを主張する。
そのくらいまで言うと相手は黙るのだが、まぁ、空気は最悪だ。みんなの顔に「メンド臭ぇ女……」とはっきり書いてあるのがよく見える。
そのたびに、思う。なんでプライベートで人と話してるだけなのに、「朝生」論客ばりに神経を尖らせなくちゃいけないのか。なんでわざわざ嫌われ、場を白けさせてまで「理解されよう」としているのか。しかもなんで少なくない男性は、この手の話題になると「お前が俺様にわかるように話すのが義務」みたいな感じで「はいはい聞いてやるよ、お手並み拝見」みたいで偉そうなのか。
そういう一つひとつにどっと疲れるのだが、この本の著者のイさんは、私とまったく同じ理由で疲れ果てている。いたよ、韓国に。私とまったく同じ徒労感を抱える女が。それを知れただけで、本書は読む価値がある。いつかマッコリ飲みながら、日韓女子会でも開催したいものである。
しかし、徒労感を抱えながらも韓国の女性たちは元気だ。本書の冒頭「日本の読者のみなさんへ」で、イさんは以下のように書く。
「韓国では江南駅殺人事件以降『どんなことにも屈しないでいこう』と叫ぶ女性たちが集まって、自分を、そしておたがいを、蔓延する暴力から守りはじめています。数万人で街に繰り出して『MeToo』と叫ぶ、中絶の権利を要求する、違法な盗撮を糾弾するデモを行う。そうやって世の中を変えている真っ最中です」
江南駅殺人事件が起きた16年の暮れには、朴槿恵大統領の退陣を求める「ろうそく革命」のデモ参加者がのべ1000万人を突破した。翌年、韓国では政権が交代。数カ月にわたって続いたろうそく革命の現場ではフェミニズムも大きなテーマとなっていたという。
たて続けに読んだ2冊の韓国の本に胸を熱くしていた2月、『82年生まれ、キム・ジヨン』のチョさんが来日。イベントをするというので駆け付けた。
満席の紀伊國屋ホールを埋め尽くしていたのは、多くが若い女性だった。マスコミ席には、ファッション雑誌『VOGUE JAPAN』もいれば、政治や社会問題を扱う雑誌『週刊金曜日』もいて、今にも時空に歪みが発生しそうだった。
舞台の上で、チョさんはろうそく革命や女性たちが声を上げている韓国の現実に触れ、「自分たちは、声を上げれば世の中が変わると体感している世代」と口にした。そうしていくつかの事例を紹介した。性差別発言をした有名人に女性たちが抗議し、発言を撤回させた例。盗撮反対デモが開催されたこと。「#MeToo」加害者が実刑判決を受けたこと。みんなそれを見ているから、声を上げれば世の中が変わると体感していること。
1978年生まれのチョさんは、私より3歳下だ。そんな彼女がろうそく革命やフェミニズムのムーブメントを語り、「被害者への連帯」が大切だと口にし、「私たちは社会を変えられると共有している世代」とまっすぐ言う。活動家ではなくて、ベストセラー作家がそう口にする。そんな姿が、ただただ眩しかったのだった。
これからも、韓国のフェミニズムからは目が離せない。そしてそこには、私たちが今日から使えるヒントが詰まっているのだ。
※そんな韓国の動きに刺激され、私も女子にまつわる呪いについて『「女子」という呪い』という本で書きました。本書では、韓国のフェミニストグループ”ロリータ・パンチ”にも取材しています。ぜひ!
次回は4月3日(水)の予定です。