そんな吉祥さんと私は、コロナ禍でともに女性支援をする仲だ。21年3月と7月に開催された「女性による女性のための相談会」では一緒に相談員をつとめたのだが、彼女の長年の女性支援の経験に、どれほど助けられたかは一言ではとても言えない。とにかく、吉祥さんは私が最も尊敬する支援者であり、またDVをなくすための活動に日々取り組む実践者なのである。
そんな吉祥さんと高井さんの対談は、発見の連続だった。
まずは高井さんから、当初は「自分はDVをしたことがないのに、なぜ加害者更生プログラムなのか」という戸惑いがあったことが語られる。それでも、毎週土曜日、夜7時から9時まで 、1年間プログラムに通い続けたという。
そんな高井さんをずっと見てきた吉祥さんは、最初にDVの基本的なことを話してくれた。
内閣府の調査 (内閣府男女共同参画局『DVの現状等について』、2020年11月27日)によると、結婚している女性のうち、実に3人に1人が配偶者からの暴力被害の経験があり、7人に1人は何度も被害を受けているという。
そんな吉祥さんが強調したのは、DVは身体的暴力だけではないということだ。
例えばパートナーを対等な存在として扱わず、軽く見ることは精神的暴力(モラルハラスメント)である。
十分な生活費を与えないなどは、経済的DV。
また、夫婦間でも同意のない性行為は性的暴力。
ここまでは有名な話だが、「じゃあ別れればいいじゃん」という話ではない。内閣府の調査によると、DVがあっても別れた人はわずか1割。子どもがいれば、離婚へのハードルは高くなる。だからこそ、多くの女性が望むのは「夫が変わってくれること」。そのために加害者プログラムがあるのだ。
吉祥さんは言った。
「高井さんがプログラムに通うきっかけになったのは、パートナーが行ってほしくないと言っている“女性が接客する店”に行ったことでした。『仕事だし付き合いだし、自分は国を動かす大きな仕事をしてるんだからそんな細かいことを言ってもらっちゃ困る』とパートナーの訴えを聞いてこなかった。それが加害者プログラムに通う大きな要因だったんです。高井さんはそのことで党を除籍になって、議員をやめようというところまで追い詰められました 。パートナーが『行かないでくれ』というところに、『わかった、あなたが嫌がるなら行かない。そういうところに行かなくたって政治の話、仕事の話はできる』と生活していたら、こんなことにはならなかったんです」
吉祥さんが言う通り、この場合、パートナーの気持ちをないがしろにしていたことがモラルハラスメントになっていたのだ。
さて、ここで男女関係なく、問いたい。あなたは、パートナーが嫌がる行為を「これくらいいいじゃん」「カタいこと言うなよ」などと言いながらやってしまったことはないだろうか。相手の気持ちをないがしろにするそのような行為も「DV」にあたるということを、私は吉祥さんの話を聞くまで、はっきりとは認識していなかった。
そして思えば、私自身、「してほしくない」と伝えた行動が、相手によって何度も破られた経験を持っていることに気づいた。その相手とはもうとっくに別れたのに思い出すだけで辛いのは、「自分が軽視されている」ことに気づいていて、そのことに当時も深く傷ついていたからなのだろう。だけどその頃、私はそれが「DV」の一つのケースにあたる可能性があるだなんて、まったく認識していなかった。それどころか、「こういうことをしてほしくない」と伝えることで、「理解のない女」「束縛女」扱いされ、嫌われてしまうのではという恐怖だけがあった。
さて、吉祥さんによると、社会的地位の高い男性が家庭をおろそかにするケースは非常に多いという。
「そういう人こそ、家庭の中で横暴に振る舞い、パートナーを軽視しているケースが多い。高井さんが生まれ変わるには、一番小さい組織の単位である家族の中でパートナーを大事にする。聞く耳を持つ。そういう人にならなければ、国を動かし政策を作る重要なところで、『誰一人取り残さない政治』ができるわけがないと思いました」
まったくもってその通りだ。
高井氏はブログ で、〈私の中で最も欠けていたのは「パートナーを思いやる気持ち」と「コミュニケーション」であることがわかりました〉と書いている。文章は、以下のように続く。
〈勉強を重ねていくうちに、日本の男性のほとんどが、実は「DV的発想」を心のどこかに持っているのではないか、と思うようになりました。
その原因は、子どもの頃から見てきた、教えられてきた「男尊女卑的発想」にあると思います。
私の経験で言えば、正月やお盆に親戚一同が集まると、食事の準備や片づけは全て女性だけが行い、男性はただ飲んだり食べたりしているだけでした。日本ではそれが当たり前だと、子どものころから刷り込まれていたように思います。
多くの日本男性の心の中に潜む「男尊女卑的発想」を根本から変えない限り、ジェンダー平等は実現しないと思い至りました。
既に1年以上通っていますが、まだまだ学びは道半ばです。でもこのプログラムを続けていけば、DV問題だけでなく、ジェンダー問題全般に対する理解が深まり、政策に活かせる気がしています〉
吉祥さんによると、高井さんはこの1年間、ほぼ皆勤賞でプログラムに参加し続けてきたという。が、まだ「卒業」ではないそうだ。
「1年間通って、自分の考え方に問題があったと気づいたばかりです。ここで告白したことで禊ぎ終了ではない。みなさんどうぞ高井さんを見守ってください」
続けて、高井さんも言った。
「最低1年、52週通って、パートナーのOKが出たら卒業できるルールと聞いて、『1年か……』と思ったんですけど、1年じゃとても変わらない。一緒に学んでる仲間は4、5年とか、長い人だと10年以上、毎週土曜、通っています。とてもDVをしたとは思えない人が今も通っていて、大きな学びを頂いています」