また、難民申請したAさんには6カ月の在留資格が与えられ、それを更新しながら仕事もできるようになった。始めたのは、老人ホームでの介護の仕事。それによって健康保険に入ることもできた。日本での暮らしも介護の仕事も何もかも初めてづくしだったが頑張った。
しかし、日本に来た頃から、父と連絡がとれなくなる。いとこに連絡して知らされたのは、父の死だった。何者かに殺害され、畑に埋められたという。家も焼き払われていた。
不運は続き、来日から5年後の20年、難民申請は却下されてしまう。「出身国に帰れ」ということだが、この数年前、Aさんの出身国では内戦が始まっていた。あれほどAさんが儀式をすることにこだわった村は集落そのものが焼き払われ、村人たちも大勢死んだ。いとこの一人は射殺された。戦争の混乱の中、誘拐や強盗などが相次ぎ、国外に逃れる人が相次いだ。19年には2万人以上が世界各地で難民認定されている。今も毎日人が殺されている状態だ。その悲劇は欧米では報じられているものの、日本ではまったくと言っていいほど知られていない。
そんな場所に「帰れ」とばかりに日本政府は彼女の申請を却下したのだ。
却下されたあと、彼女は再び難民申請。しかし、一度申請が却下され「仮放免」という立場になってしまったので、今に至るまで働くことができない。
ちなみに仮放免とは、入管施設への収容を一時的に解かれているという状態だ。難民申請中は6カ月の在留資格があったのでそれを更新しながら仕事ができたが、却下されて「仮放免」となると働くことが禁じられる。それなのに、原則、日本の公的福祉の対象にはならない。働いちゃいけないのに、福祉の対象外。また、健康保険にも入れないので病院に行けば全額自己負担になってしまう。移動も制限される。例えば東京都内に住む彼女は、隣の埼玉県に行くにしてもわざわざ許可をとらなければならない。外出時、許可証を持たずに警察に職質されたりしたら、そのまま入管施設に収容されてしまう。スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが命を落とした、あの施設だ。
このように、仮放免とは生活に著しい制限が生まれてしまうのだ。
が、なんといっても厳しいのは、「働けないからお金がない」ことと仮放免者は口を揃える。仮放免の人々の厳しい生活状況については、北関東医療相談会の調査結果に詳しい。7割が年収ゼロ円、経済的問題により医療機関を受診できない人が84%、借金ありが66%と厳しい数字が続く。
私もコロナ禍の困窮者支援の現場で仮放免の人の相談を受けたことがあるが、ひどい虫歯で激痛なのに保険証もお金もないから歯医者に行けない、さまざまなことを相談したくても日本語がわからないのでどうしたらいいかわからないなどの声を耳にしてきた。それでも、コロナ以前は同じ出身国の人々のコミュニティがあり、働ける人が働けない人を支える仕組みができていたという。が、コロナ禍で、働ける人の仕事もなくなった。この2年強で、実際に路上生活となった外国人もいる。その多くが仮放免者だ。
さて、そんな仮放免という制度はAさんの人生にも暗い影を落としている。
「介護の仕事をしてるときは、家賃も払って自分で生活していました。税金も払っていました。そのあと、仕事をしちゃいけないことになって生活に困った時、何かサポートがあると思って役所に行きました。そうしたら、『在留資格がなければ何もできません』と言われました。在留資格がなくなった途端に何もできない、助けられないと言われたことに、本当に驚きました」
そんなAさんが今どうやって暮らしているかと言えば、支援団体の助けによってである。コロナ禍でたまたま訪れた「大人食堂」がきっかけだった。ここで支援者と出会い、住まいや食料の提供などを受けられるようになったのだ。
が、感謝しつつもそんな日々は彼女を蝕んでもいる。
「一番辛いのは、私は健康でなんでも自分のことはできるのに、人に『ください』ってお願いして、誰かが何かをしてくれるのを待たなきゃならないことです。このことは、自分の心を深いところで傷つけています。母からずっと、自立して生きていけるように教育を受けてきて、自立して生活してきたのに、人に助けてもらわないといけないのが辛い。支援団体の人には本当に感謝していますが、仮放免の生活は、尊厳を傷つけられているような気持ちになります」
現在2度目の難民申請中だが、申請から2年以上経っているというのに、まだ「聞き取り」のためのインタビューさえ行われていない状態だ。入管に「もう2年もインタビューを待っているけどいつですか」と聞いても「待ってろ」の一点張り。
「待ってろと言うなら、その間、働けるようにしてくれればいいのに」とAさんは声に力を込める。本当にその通りだ。しかもAさんは東大レベルの大学で生化学を学んでいた人である。その知識を活かしてできることは山ほどあるのではないだろうか。そんな稀有な人材が日本にいながら何もできないままなんて、単純にもったいなさすぎると思うのだ。そして日本で難民申請をしている人の中には、驚くほど高学歴だったり多彩な技術を持つ人がいる。このような才能の「宝庫」を、なぜみすみす放置しているのか。