特に90年代はじめに日本中を席巻した「バンドブーム」に自身が巻き込まれ、ブームに翻弄される若きバンドマンたちと自らの戸惑いや葛藤を描いた『リンダリンダラバーソール いかす!バンドブーム天国』(メディアファクトリーダ・ヴィンチ編集部、2002年/のち新潮文庫、06年)は、私にとってバイブルであり続けている。
以下、引用だ。
〈いきなりスターダムに押し上げられた若きバンドマンたちは、誰一人として、このブームが永遠に続くとは思っていなかった。人生はそんなにチョロいわけはない。巻き込むだけ巻き込んでおいてムーブメントは、またアッという間に去っていくだろう。
さて、ではその後、オレたちは一体どうなってしまうというのか?
不意に手に入れたデビューや名声が、けっしてゴールではなく、むしろ、むこうは荒海の断崖絶壁に辿り着いたに過ぎないのだという現実は、若者を不安な想いに駆り立てるに十分過ぎた。実際に、急激に人気をなくし、早くももとの、食えないバンドマンに戻る者も多数現れていた。失速の原因は周りにも本人たちにもわからない。神様がいいかげんにサイコロを振って決めているようにしか思えないのだ。不運のサイコロは僕らの頭上を転がり続け、やがてゆっくりと、だが確実に、誰かの上でピタリと止まるのだ〉
本書の後半には、バンドブームの「終焉」に多くのページが割かれている。
テレビ、ラジオはバンド関係の番組を一斉に終了し、レコード会社は契約を打ち切り。人気バンドのファンジンと化していた雑誌『宝島』(晶文社→JICC出版局→宝島社、1973〜2015年)は、〈ブームが終わるや唐突にエロ情報中心の風俗誌へと路線変更したのにはア然とした〉 。
もう、「諸行無常」という言葉しか出てこない。
そんな平成はじめのバンドブームを、私は中学生から高校生にかけて、リアルタイムで「ファン」として目撃していた。
今から思えばまだまだ「少年」のミュージシャンたちが急に持ち上げられ、人気を博し、それが莫大なお金を産み出しては消えていくのを見ながら、末恐ろしいものを見せつけられている気がしていた。この時、私は生まれて初めてくらいに「世の中の残酷さ」を知った気がする。
それから十数年後、30代前半で自分が少しだけメディアに出るようになった「貧困」ブームの頃、ことあるごとに思い出したのはやはりこの『リンダリンダラバーソール』だ。巨大なエンタメ産業と貧困問題がちょっと注目されたくらいでは比較にならないが、しかし、あの本を読んでいたからこそ、かなり客観的に、そして冷静でいられたと今でも思う。
もうひとつ、25歳で物書きデビューしてからの数年間で、突然「売れた」人たちを見ていた経験も大きいだろう。
急に有名になって金遣いが荒くなり、生活が破綻した人などの話は身近にゴロゴロ落ちていた。だからこそ、いつかブームっぽいものが来ても金銭感覚は変えず、調子に乗らず、いつでもバイト生活に戻れるくらいの感じでいよう、とにかく見栄を張らないでいようと自分に言い聞かせていた。
さて、そうして十数年前、貧困問題のブームは過ぎ去ったものの、問題はまったく解決していない。それどころか、注目されていた頃よりさらに状況は悪くなっている。
非正規雇用率は上がり、ブームの頃1600万人だった非正規雇用者は2100万人を突破。就職氷河期世代を指す私の世代であるロスジェネは50代に突入しつつあり、苦境は今も続いている。平均賃金は30年間横ばいの状態で、2010年にはGDPで中国に抜かれ、15年には韓国に平均賃金で抜かれ、24年にはGDPでドイツに抜かれて世界4位となった。そこに物価高騰と円安が続き、実質賃金は24カ月連続で低下し続けている。
そんな中、私は今も貧困問題に関わる活動を続けている。
特に20年からの3年間はコロナ禍の影響で支援現場は野戦病院のような状態。失業した人や住まいを失った人などの相談に乗り、生活保護申請に同行するなどの支援に私も関わってきた。困窮の度合いや世代、性別を問わないことで言えば年越し派遣村の時より状況はずっと深刻なのに、メディアの注目はあの時とは桁違いに低かった。
しかし現場には、そんなことは全く関係なく、20〜30年、別の仕事をしながらボランティアで困窮者への炊き出しを続けてます、なんて人たちがゴロゴロしている。誰にも注目されず、どこにも評価されずとも淡々と困っている人のために何かをしている人の姿は神々しくて、そんな人たちこそ来世は石油王なんかになってほしいと思うのだが、当人たちはそういうものにまるで無関心だ。
一方で、アラフィフの私は1990年代のヴィジュアル系ブームも知っている。LUNA SEAや黒夢、GLAYが売れに売れ、SHAZNAやLa’cryma Christi、MALICE MIZER、FANATIC CRISISが「ヴィジュアル系四天王」と言われた時代。
それを知る身が今のヴィジュアル系シーンを見ると、時々叫び出しそうになる。
「このバンド、90年代だったら一瞬で武道館に行ってるのに!」
そう思うほど楽曲もヴィジュアルも素晴らしいバンドがあるからだ。しかし、ヴィジュアル系ブームが終焉して久しい無風の今、なかなか一般層に届くようなブレイクは期待できない。そんな状況に歯噛みしつつ、世の不条理を思う。
さて、今日も誰かの上に「神様の気まぐれ」でサイコロが止まる。それは誰にもコントロールできず、個人の努力とかは一切関係なくやってくる。
そういう意味では、今は誰もが有名人になれてしまう時代だ。YouTubeやTikTokで多くの人が一瞬で顔と名前を知られるようになり、注目を集め、秒速で忘れられていく。