数日前、女友達のA子と飲んだ。
店先で大量の煙を出しながら焼き鳥を焼いていて、店の外には丸椅子とビールケースを重ねただけのテーブルが置いてあるような、そんな店で二人、火鍋をつつきつつ酒を飲み語らった。
お互い30代。ともに一人暮らし。もう定番なのだが、話題はやっぱり「孤独死」だ。
しかし、A子の状況には進展があった。最近、フットサルのサークルというか、グループというか、そういうのに入ろうと目論んでいるらしい。が、本人いわく「フットサルなんか1ミリも興味ないし、大体、フットサルやってるような奴らなんかリア充に決まってるから大嫌い」なのだという。
それなのになぜ? そう問うと、彼女は友人B子の身に起きた「奇跡」を話してくれた。
なんでも、東京都内を走るマラソン同好会みたいな社会人サークルに入ったところ、それまで男運が悪く、ことごとくうまくいかなかったB子に素敵な彼氏ができたのだという。
「だからもう、そういう社会人サークルみたいのに入るしかないんですよ!」
そう力説するも、そのサークルのメンバーのたまり場みたいになっているというバーに行ってみたところ、「リア充感が半端なくて」足を踏み入れることさえできず、そのまま引き返してきたというから、社会人サークルへの道のりはまだまだ長そうだ。
「それにどうせそんなとこ行ったって、若くて可愛い子がたくさんいるに決まってるから、『なんだよこのクソババア』って目で見られるに決まってるんですよ!」
そこまで断定しながらも、「出会い」のため社会人サークルに参加を目論む。
なんだかそんなA子の姿を見ていると、「やはり私もなんかサークルとか、そういうのに入った方がいいのだろうか?」と余計なことを考えてしまい、そんな迷いを打ち消すようにA子をカラオケに誘って朝まで歌って、その日は「孤独死の不安」の忘却に成功。が、それは先延ばしに成功しただけで、根本的な不安は消えない。ということで、「それならば先人の知恵を借りよう」と思いつき、今さらながら、上野千鶴子さん著「おひとりさまの老後」(2011年、文春文庫)を読んだのであった。
上野さんの本は、今までも何冊か読んだことがあり、またシンポジウムでご一緒させていただいた経験もある。文章にも発言にも、いつも勇気づけられ、常に新たな「知」の扉を開いてくれる、とても尊敬する人である。
そんな上野さんが、「おひとりさま」に対して述べてくれるのだ。きっと私やA子の不安を、鮮やかに解消してくれるだろう――。そう思って読み進めて行くうちに、何か「超えられない壁」のようなものにぶち当たったのであった。それはあまり好きな言葉ではないが、「世代間格差」というやつである。
例えばこんな記述に、アラフォーで団塊ジュニアの私は、軽く打ちのめされてしまう。
「わたしの世代である団塊世代の持ち家率は8割を超える」「高齢社会をよくする女性の会が2002年に会員を対象に実施したアンケート調査によれば、『自分名義の不動産がありますか?』という問いに『イエス』と答えたひとが約7割。対象となった会員は平均よりやや経済階層が高いかもしれないが、とびぬけてリッチなひとたちばかりではない。高齢女性の7割に自分名義の不動産があるというデータは心強い」「非婚のおひとりさまでも、働きつづけていれば、自分名義の不動産のひとつくらいはあるだろう」
そんな言葉たちを読みながら、私はA子との会話を思い出していた。
とにかくいつもお金がない彼女は、給料日前になると「1日100円生活」をよくしている。そんな時の心強い味方は、なんといっても「もやし」。しかし、夜、仕事から帰ってスーパーに行くと、すでにもやしが売り切れていることが多いのだという。
「だから私この前、もやし買うために雨の中、スーパーを3軒くらいハシゴしたんですよ! で、なんとか2袋ゲットして、何日か生き延びたんですよ! とにかく、もやしがないと貧乏人は生きていけないんですよ!」
そんな彼女の「もやし料理」レパートリーは異様に多い。また、光熱費なども節約に節約を重ねていて、夜、家にいる時はいつも電灯を消してテレビの明かりだけで暮らしているという。
彼女の場合は飲み代などの支出があるため生活費が不足、という状況なのだが、特に何かにお金を使っているわけでもないのに、リアルに給料日前は「もやし生活」という女子は少なくない。
なんといっても、働く女性の半分以上が非正規雇用。そして国税庁のデータによると、非正規雇用の人々の平均年収は168万円。これは男女合わせての額だから、女性だけに限るともっと下がるはずだ。
そんなことを裏付けるように、単身女性の3人に1人が貧困ライン以下で生活しているというデータもある。貧困ラインとは、月額およそ10万円以下。親元にいればいいかもしれないが、一人暮らしで家賃や食費、その他生活にかかる費用をこの金額でまかなうのは難しい。単身女性でなく、シングルマザーに視線を転じれば、もっと厳しい状況がある。一人親世帯の貧困率は実に54.6%。シングルマザーの平均年間就労収入は181万円だ。これで自分と子どもの生活費をまかなうのは至難の技だろう。
「おひとりさまの老後」には、人間関係のセーフティーネットや「ひとりを楽しむ」術など、私たちに使えそうなノウハウもたくさん詰まっている。しかし、時に「貧困」は、人間関係の維持にも響く。友人に会うにも、飲食費や交通費がかかるからだ。だからこそ、同世代の不安定層の間ですでに「ライフスタイル」として定着しているのが、公園や駅前などでの「路上飲み」だ。私もしょっちゅう道ばたで飲んでいるが、冬は寒いので「路上飲み」しかできない人たちとは疎遠になってしまうという弱点がある。寒くなると、春まで会えないという「季節モノ」の友人になってしまうのだ。
そんな現実が目の前にある身からすると、本書にさらっと登場する「鴨とクレソンの鍋」「シャトーマルゴー」といった言葉の響きに、その響きだけで遠い目になってしまう。
ちなみに私が昨日、渋谷の路上で飲み食いしたのは缶ビールと「駄菓子のイカフライ」だった。「発泡酒じゃないなんて超ぜいたく!」とみんなで盛り上がったわけだが、そんな自分たちがちょっと可哀想になってきた……。
私たちは、知らないうちにいろんなことを諦めているんだな。「おひとりさまの老後」を読んで、なんだか少し、切なくなった。
例えば、親世代である団塊世代が当たり前に手にしている「結婚すること」だとか、「子どもを持つこと」だとか、「安定した仕事」だとか、「ローンを組んだ家」だとかを、その子ども世代の多くは手にしていないし、これからもできない可能性が高い。それはもちろん経済成長だとかいろんな偶然が重なってのことだけど、私たちの世代は、時々「持たざること」を、本人の能力のなさ、努力の足りなさ、自己責任だと責められる。特に「持っている」世代から。
少なくとも私の周りのいつも金欠な友人たちは、努力している。いろんな能力も持っている。だけど、たぶん彼ら・彼女らは「不動産の一つ」も手にすることはないだろう。そういうことに、まったくリアリティーが持てないのだ。
数十年後に訪れる、私たちの老後。同世代の中には、貧しさゆえに「老いる」ことさえできない人も多くいるだろう。
自分の老後が一人なのか、そうでないかは誰にもわからない。だけど私たちの世代の「老後」を生き延びるノウハウを、自分たちで模索しながら作っていかなければ。
そんなことを、切実に思ったのだった。
次回は12月4日(木)、テーマは「女性の活躍」の予定です。
おひとり女子のリアル
(作家、活動家)
2014/11/06