ましてやコソボの現政権は「自己決定運動(ヴェトヴェンドーシ)」というコソボとアルバニアの合併をマニフェストに掲げているアルバニア民族主義の極右政党であり、普段の極右的主張からすれば、ダルダネットと思想をともにするものである。
「とにかく、俺たちは所持品を厳しく調べられて何も出来なかった」
ガシたちは、それでもイスラエル国歌が流れたときは激しいブーイングをしたという。
親パレスチナの姿勢はサッカーサークルだけではなかった。タクシー運転手にキオスクの店員、カフェのウエイター&たむろする若者、ホステルのフロントに至るまで、一般的なプリシュティナ市民は異口同音にイスラエルに対する厳しい批判を必ず口にする。しかし、ボスニアとは対照的に、コソボ政府はまるで民意を逆なでするように、この問題における抗議デモや集会の許可を出していない。
背景には米国の後ろ盾によって独立したコソボの、国としての成立過程がある。再三、書いてきたが、コソボは世界一の親米国である。1999年、米軍が主導したNATOの空爆によってセルビア治安部隊が撤退したことで、コソボ独立の機運が一気に高まった。米国にはコソボ内にボンドスティール米軍基地を建設するという野望があったために、両者の利害が一致した上での軍事行動ではあった。
やがて、米軍と友軍関係を結んでいたKLA(コソボ解放軍)のメンバーによる暫定政府が作られ、独立を宣言すると真っ先に米国が承認した。米軍基地はそのまま温存されており、民族自決の大義については議論のあるところだが、ひとつ言えることは、米国なくしての独立は実現しえなかったということだ。それゆえに建国記念日などには、コソボ国旗よりも米国星条旗の方が多く飾られるという国である。
コソボ政府は、イスラエルへの支持を公然と発信している米国の意に反することを行うわけにはいかない。そしてまたコソボにとってイスラエルは自国を国家として承認してくれた(今のところ)最後の国なのである。外交上、決して数の多くない貴重な承認国を手放したくない。米国はトランプ大統領の時代に国際社会に抗うように、イスラム教徒にとっても聖地であるエルサレムをイスラエルの「首都」として認定し、テルアビブから大使館を移転させてムスリム社会から大きな反発を呼んだが、コソボもまたそれに追随するかたちでこの地に大使館を設置している。一方で、同じムスリムの国でありながら、パレスチナ自治政府はコソボを未承認のまま留めており、OIC(イスラム協力機構)加盟国も半数近くが独立を認めていない。
コソボのメディアコントロール
ガザを救わなくてはいけないという圧倒的多数の民意を持ちながら、それを政府が許さない。コソボの抱える政治的矛盾とカオスは建国以来、今も続いている。
現在、コソボの首都プリシュティナにはNATO軍の空爆を決断したビル・クリントン元米国大統領の銅像と、同じく武力介入を支持したマデレーン・オルブライト元米国国務長官の銅像が建てられている。パレスチナ問題ひとつとっても米国のフィルターを通しての判断につながり、デモも許認可制で、忖度によって親パレスチナがテーマのものは不許可とされる。ボスニアとの対比でそれが如実に見える。「自由と民主主義を希求する」というスローガンによってセルビアからの分離独立を果たしたコソボであるが、まずは米国の意向ありきというトップダウンの国の在り方に宿命を感じずにはいられない。コソボは今、国が煽動するたくみなナショナリズムによってすべてが政治に直結させられている。
実質的な独裁は政権によるメディアのコントロールなどから垣間見られる。
先述したが、現在の政権与党は「自己決定運動(ヴェトヴェンドーシ)」という名前である。多数派を占めるアルバニア人による極右政党であり、公約は、隣国であり「本国」でもあるアルバニアに、コソボを合併させて「大アルバニア国家」を作るというもの。にわかには実現性を信じがたいが、「自己決定」という呼称から見て取れるように、現在の画定された国境や、セルビア人を含む少数民族との多民族融和をうたったコソボ憲法は、ヨーロッパからの押し付けであると主張し、自分たちでアルバニア人のための憲法を制定するのだと、結党以来、提唱し続けている。その強権政治体質は2019年に政権を取ると同時に顔を出した。
自己決定運動の代表であるアルビン・クルティ首相は、2023年6月ごろから、自らの政権に対して批判的なニュースを流していた民間放送局「クラン・コソバ」に対して、電波停止ならぬ営業停止の脅しをかけ続けていた。7月末になるとついにその命令を下した。日本の高市早苗議員でさえやらなかったことを実行したのである。
コソボ政府の後ろ盾となっている米国も含む先進諸国は、さすがにこれは、民主主義国家としてはありえない報道に対する政治介入であると一斉に批判。今のところ、クラン・コソバは面従腹背の姿勢で放送を続けているが、他のメディアに対しても恫喝がもたらされるのではないかと懸念されている。
次回はクルティ首相によるコソボの「民族プロジェクト」について言及する。
「本国」
コソボのアルバニア系住民によるアルバニアの呼称。
「大アルバニア図」
アルバニア民族主義者が、「大アルバニア主義」(本来のアルバニアは、現在の領土にとどまらず、コソボ、ギリシャやマケドニアの一部も含むものであるという主張)に基づき好んで使用する、アルバニア、コソボ、ギリシャ、マケドニアの一部等の土地をひとつにまとめた図のこと。