政府が公共事業を発注、知人が臨時ボーナスを受け取ったことで、新たな消費が生まれる。これが「乗数効果」だ。
乗数効果とは、何らかの理由で生まれた新たな需要(有効需要)が、連鎖的に拡大して行くこと。公共事業や減税といった景気対策の有効性を検討する際に、しばしば登場してくる概念だ。
10億円の公共事業を受けた知人の建設会社が、建設資材の調達と人件費に5億円ずつ使ったとする。建設会社から5億円の新規受注を受けた建設資材会社の売り上げは増加、仕事が増えた分だけ社員の給与を増やすこととなる。所得が増えたことで、建設会社と建設資材会社の社員たちが、自動車や薄型テレビなどを購入すれば、今度はそれらを生産する会社の売り上げが増え、その社員の所得が増え、これがさらなる消費を生み出す…と、連鎖的に需要が増えて行く。この結果、当初は10億円だった公共事業は、自動車の売り上げアップ2億円、テレビの売り上げアップ1億円などと新たな需要を「雪だるま式」に拡大させて、景気を刺激して行くことが可能となる。これが公共事業の乗数効果であり、景気対策としてのその有効性を裏付けるものとなっている。
公共事業だけではなく、減税や給付金の支給などにも乗数効果は存在する。減税で所得が増えれば消費が増加、企業減税であれば設備投資の増加と、それぞれに連鎖的な需要増加が発生し、景気が良くなるというわけだ。「定額給付金」や「子ども手当」も、同様の乗数効果を持っているが、その大きさはそれぞれ異なっている。
乗数効果の大きさは、個人や企業がそれをどの程度使うかにかかっている。所得が増えても、貯蓄や借金返済に回されてしまうと、追加的な需要は生まれない。臨時ボーナスをもらった知人が、薄型テレビ購入も温泉旅行もせず、飲み屋のツケを支払った後は貯金してしまうと、乗数効果はほとんどなくなってしまう。
したがって、同じ額を投入するなら、乗数効果が大きい方が望ましい景気対策となる。貯蓄志向が強い日本では、減税や給付金よりも、工事が確実に実行される公共事業の方が、相対的に乗数効果が大きいと考えられてきた。一方、アメリカでは個人の消費意欲が強いことから、減税が優先されてきた。
乗数効果は国によっても、その時の経済情勢によっても変化する。知人のように増えた所得を思う存分使ってくれれば、乗数効果も拡大するが、2009年に実施された定額給付金では、消費拡大に回されたのは3割程度で、残りは貯蓄に回されたという。乗数効果は小さく、「雪だるま式」とはほど遠いというのが、日本経済の現状なのである。