合成の誤謬は、個人や企業といった「ミクロ」では合理的な行動が、これを集めた「マクロ」、つまり経済全体では非合理的な行動となってしまうこと。
合成の誤謬の代表的なものが、「貯蓄の逆説」だ。景気が悪化すると、人々は節約を進めて貯蓄を増やそうとする。この当たり前の行動が、経済全体の貯金額を減らす恐れがある。節約は消費の低迷を招き、企業の生産活動の低下、給与の引き下げや解雇などのリストラなどへと波及、これによって景気がさらに悪化、貯金を取り崩す人が増加してしまう。貯蓄を増やそうとする個人の合理的な行動が、貯蓄を減らすという逆の事態を招いてしまうのだ。
企業経営にも合成の誤謬が存在する。景気が悪化すると企業は設備投資を減らしたりリストラを断行したりする。こうした行動が一斉に行われると、景気悪化を加速させてしまう。個々の企業としては当然の経営判断だが、これが集まると企業経営を一層困難にしてしまうのだ。
合成の誤謬は、値下げ競争にも当てはまる。商品が売れなければ、価格を下げて売り上げアップを図る。しかし、これが値下げの連鎖反応を引き起こし、経済全体をデフレスパイラルに陥れることになる。
しかし、合成の誤謬を回避するのは容易ではない。多くの人が節約する中でお金を使い、景気が悪化する中で雇用を増やし、値下げ競争の中で価格を据え置くという選択は考えられない。受験を控えた高校3年生に、「学校全体のことを考えて、生徒会の仕事をして欲しい!」と言っても、誰も手を挙げないというわけだ。
そこで、政府という「先生」の登場となる。個人や企業が合理的な選択をしている以上、これを覆すのは不可能だ。そこで、政府が公共事業の増加などでお金を使い、その財源は国債発行による借金でまかなうという方法をとる。節約どころか、借金してまでお金を使うという、個人や企業とは正反対の「誤った行動」だが、政府があえて行うことで、合成の誤謬による経済全体のダメージを小さくしようとするのである。
また、貯蓄をせずお金を使わせるために、政府が税制上の優遇措置などを実施することも、合成の誤謬を回避する方法の一つ。「家電エコポイント」や「エコカー減税」はその一例だ。
もめていた生徒会人事は、先生が受験勉強をしなくても合格できそうな優等生を強制的に指名することで決着した。その背景には、生徒会の仕事を引き受けたら内申書を良くするという説得があったようだ。合成の誤謬を回避するには、政府をはじめとした誰かの「非合理」な行動が必要なのである。