「コモンズの悲劇」は、資源が誰でも利用できる共用財(コモンズ)になると、無秩序に使われて枯渇してしまうという経済学の法則。1968年、アメリカの生物学者ギャレット・ハーディンが、牧草地と牛を飼う人々を例に提唱した概念が、経済学に応用されるようになったものだ。ハーディンは、牧草地が自分のものなら、牛が食べつくさないように自主規制が働く。しかし、牧草地が誰でも自由に入り込める共有地の場合、自己の利益を最大化させようと牛を飼う人が殺到、牧草が食べつくされるという悲劇が訪れると指摘した。ビーバーハットがシルクハットになったのも、「帽子の材料として高く売れる!」と、ビーバーが乱獲されて絶滅寸前になるというコモンズの悲劇に直面したからだった。
誰でも自由に使うことのできる水や空気、世界的に需要がある石油やレアメタルなどの天然資源を無秩序に利用した結果、深刻な環境問題や、資源の枯渇が引き起こされるなど、コモンズの悲劇は至るところで起こっている。これを回避するためには、「規制」を導入する以外にない。「このままでは、ビーバーが絶滅してしまう」という危機感を人々が共有、捕獲を制限するという保護政策を導入するのだ。コモンズを大切に使い、悲劇を起こさないための理性的な取り組みが不可欠である。
上記のように、誰もが自由に資源を利用できることによって起こるのがコモンズの悲劇だが、その逆の場合もある。「アンチコモンズの悲劇」、資源が共有されず、一部の企業や人に独占されることによる弊害のことだ。中世ヨーロッパでは、交通や物流の大動脈であるライン川に、地主たちが多くの「関所」を設定して通行料を徴収、これが経済活動を阻害し、不況を招いたという。本来は自由に使えるべき「コモンズ」を一部の人や企業が独占、「アンチコモンズ」にしてしまうことで起こる悲劇もあるのだ。
アンチコモンズの悲劇が典型的に見られるのが製薬の分野だ。ある製薬会社が難病のメカニズムを解明したとしよう。製薬会社はその成果を独占、自社での新薬開発にこだわることから、業界全体で取り組む場合に比べて開発が遅れてしまう。
こうした中にあって、アンチコモンズの悲劇を回避したのが、「iPS細胞」を発見した山中伸弥京都大学教授だ。京大名義で特許こそとったものの、使用料を低く抑えて研究成果を公開し、自由に利用してもらうことで、応用研究を促進させようとしている。もし、山中教授が利益を優先、研究成果を独占した場合は研究が進まず、人類にとって大きな損失となっただろう。山中教授は、アンチコモンズの悲劇を避けるために、研究成果をコモンズにしたのだ。
とはいえ、このような成功例は多くはない。コモンズの悲劇に直面していたビーバーは、「絶滅させてはならない」という人々の理性で救われた。しかし、コモンズのみならず、アンチコモンズでも悲劇が続いているのが現実なのである。